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「しかし初日からよく働きましたね。
次回は花園街で、ゆっくり飲茶でもしたいものです」
キセは『ふぅっ』と息をついた後、肩にかけた荷物を入ってすぐの床に降ろし、トランクを引っ張り込む。
「、、、お前は働いてなどいない。
昼に餃子をたらふく食って、午後に騒ぎを起こし、花園街のメインストリートで自分が警察関係者だと公言しただけだ」
騒ぎの最中、その場を離れた俺はすぐに情報屋に連絡を取った。
が、早くも騒ぎを聞きつけていた相手は、
『子連れで来るんじゃ話にならない』と、
俺への警戒を蔑むような笑いに変え、次の接触を取り合わなかった。
過去経験ない自身の失態に、怒る気力は失せていた。
「騒ぎだなんて。
水無月さんは駆けつけてもくれなかったじゃないですか、あの時はまだ近くにいたはずなのに、、、」
「『だなんて』と言いやがったな。
お前は俺が九ヶ月かけて取り付けた情報屋との接触を あっさりブチ壊したんだぞ」
「男が女性の襟元を掴んで振り回してたんです。
目の前で起こっている犯罪をほっとくなんて僕にはできません」
「結局ただの夫婦喧嘩だったんだろ?
通報によると女が先に男の頭殴ったって言うじゃないか」
どうでもいいことを口にするだけで脱力に蝕まれる。
「ま、そうですけど、、、」
「お前の面が割れたのはいい。
だが、これで花園街に警察が入り込んでるって情報は確実に黒鱗の耳に入った。一体どうしてくれ、、、
おいっ、トランクは入口までだ、
荷解きはそこでしろ」
やり場のない苛立ちはキセが持ち込むトランクにまで及んだ。
「汚したら責任もって綺麗にしますよ。
僕、掃除は嫌いじゃありませんから。
けど水無月さん、あの時 周囲には店員と観光客くらいしか いませんでしたよ?」
「いい加減な口をきくな。
あの街に設置されてる やたら多い防犯カメラは、外部から入ってくる諸々をチェックし監視するためにあるんだ。
今頃お前の馬鹿面は、奴らの下っ端にまで拡散されてんだろうよ」
「なるほど、防犯カメラですか」
「とにかく俺は今後一切お前とは動かない。
お前も花園街には近づくな」
「花園街に同行するなと言うのは わかります。ですが他の現場もだなんて」
脱いだ二足の靴を揃え、顔を上げたキセは前髪を振り払い、生意気にも口を尖らせた。
「僕は嫌です」
続けてトランクからスニーカーや革靴の類いの入った箱を取り出し、
『、、、水無月さんからは離れません、、、
僕は寝食、、、生活も共にして、、、立派な刑事になりたいんです』
ぶつぶつと呟きながら、作り付けの棚に並べ始めた。
反省もなければ、帰る気も無さそうなその背中を眺め見、俺は一つの策をもってその背後に回った。
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