『キセ』くん ─3─ 正体

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─── 「呼び出してすまないな、水無月」 陽が燦々と当たるフランス料理レストラン、 『ル・ヴォア』 仕事の出掛け、俺らの住まい入口と並ぶ厨房の出入り口に顔を出すと、オーナーの鵜飼が笑顔で迎えた。 同じ敷地に住んでいるとはいえ顔を合わせることはめったになく、直近ではキセを紹介した二週間前に会ったきりで、その前は三ヶ月以上空いていた。 鵜飼は俺と同期で三十には届かず。 まだ刑事として現役だった数年前、立て籠りに取られた人質を目の前で死なせてからは きっぱり職を辞し、親からこの店を継いでシェフになっていた。 「キセくんのお陰で助かってるよ、本当に」 鵜飼の言葉に社交辞令的な韻はなく、俺はしばらく親しみやすい温厚な顔を見つめた。 「ここは土地柄大使館が多く並ぶだろ? 客の大半は大使や領事とその家族だから、語学堪能な彼は大活躍なんだ」 「語学堪能?」 「うちは英語さえ出来ればギャルソンとしてフロアに出せるんだけど、24ヵ国語も話せるなら尚結構だからな」 「待ってくれ鵜飼。 それ、キセの話をしてるのか?」 「そうだよ。 あ、、、やっぱお前、知らなかったんだな」 そう言って英語で書かれた何枚かの依頼状を見せて来た。 「実はさ、、、キセくんを預かった初日、英語圏でない国のお偉いさん達が交じったパーティーがウチの店であったんだよ。 途中、何かのキッカケで場がモメ出してな、全部で24ヵ国の要人がそれぞれの母国語で言い争いを始めたんだ。 英語に限界ある方もいたし、何人かいた通訳も間に合わなくて困ってるとこへ、見かねたキセくんが間に入って、なんと、なんと、それぞれの母国語で対応しだしたんだ。 しかもネイティブスピーカーばりの発音でだぞ? 、、、最後に収まるところへ収まったのはいいけど、皆が驚いて口々に通訳に伝えたところによると彼は、 『Intellectual(ギフ) giftedness(テッド)』じゃないかって」 「ギフテッド?」 「人並み外れた高い学習能力。それは計算だったり、記憶力だったり様々なんだが、、、 強い正義感と興味を持ったものに対して並々ならぬ熱意をもって関わろうとするのも特徴らしい」 「、、、、」 「彼の場合は刑事、それも『水無月』って刑事への熱意なんだろ」 さも可笑しそうに笑った後、 「店でも『お前と日中も離れていたくない、早く同行したい』って常々口にしてるから。 人嫌いのお前に御執心になってくれる奴がいるなんてな。 喜べよ、ギフテッドの特長はまだあるぞ。 一度持った熱意は長期に渡って続くとか、寝ても覚めても相手のことだけを考える一途さとかな」
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