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ドアを開けるとスツールに座り、カウンターに何やら広げていたキセが振り向き、俺と目が合った。
暫し見つめ合い、
「あ、、、水無月さん。
店に寄った後、そのまま仕事に出るんじゃなかったんですか?」
キセにあてた視線をずらし、節のない指が慌てて折り畳んだ紙、同じ指が続けてカウンターに置かれた本の表を伏せるのを見た。
「お前に」
スツールから降りて こっちに来ようとしたキセに向かって手を上げてから指差し、
『そこに留まれ』と合図する。
「聞きたいことがある」
素直に佇むキセの側に行き、手に取った本の表題には、
『p進Hodge理論』とあった。
数学の世界でも難しいと言われてる、数論幾何について書かれた数学書をパラパラと捲る。
「おい」
「はい?」
「これが理解できんのか?」
俺にはこの分野がその辺の『秀才』レベルでは到達できない学論であるくらいのことしかわからない。
「はあ、、『楕円曲線』などは暗号技術の基本なので面白いです、、、。
それだけです」
「そっちは?」
本を置き、今度は奴が後ろに隠した紙を取り上げ、広げた。
そこには俺が何度も通い、足を使って頭に叩き込んだ花園街の地図が細かく手書きで描かれ、メインストリートの手前辺りの所々が赤の点で印されている。
「これについて説明しろ」
「えーとですね、、、それは二週間前に見た花園街の観光案内板にあった地図と、防犯カメラの設置位置です。
メインストリートで見たほんの一部ですが。
忘れる前に書いておこうかと」
「目に写った記憶だけでこれを描いたのか?」
「、、、はい」
カウンターに片肘を着き重心を預けながら、俺は地図を手に、以前こいつから聞いただけの情報を改めて巡らせた。
「そうだな、、、。
順序としてはやはり、お前の出所から聞かせてもらおうか。
たしか実家は魚屋だと言ってたよな?
お前は、その魚屋を営む両親の元で育って、警察学校を出たんだろ?」
「、、、ええと、最初の質問は合ってますが、『両親の元で育った』というのは、事実に相違があります」
「ふ、、、ん」
「柏木社長には話しました。
が、それはあることで身バレしたからといいますか」
「俺に話せよ」
「、、、、でも」
「俺と組むことになった時、言ってなかったか?
『まずはお互いを知らなくちゃいけません』
とかなんとかって、、、。なぁ?」
「それは、、、。そうですが、、、」
「お前、何者だ?」
手画きの地図を筒状にし、キセの顔周りを撫で回しながら訊く。
「、、、、」
「言えないならすぐに荷物をまとめろ。
何でも話せる柏木んとこへ送ってやる」
「い、嫌ですっ」
「じゃあ言え」
「、、、、」
「お前の正体を暴くのは簡単だが、自分から言った方が身のためだぞ」
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