『キセ』くん ─3─ 正体

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ドアを開けるとスツールに座り、カウンターに何やら広げていたキセが振り向き、俺と目が合った。 暫し見つめ合い、 「あ、、、水無月さん。 店に寄った後、そのまま仕事に出るんじゃなかったんですか?」 キセにあてた視線をずらし、節のない指が慌てて折り畳んだ紙、同じ指が続けてカウンターに置かれた本の表を伏せるのを見た。 「お前に」 スツールから降りて こっちに来ようとしたキセに向かって手を上げてから指差し、 『そこに留まれ』と合図する。 「聞きたいことがある」 素直に佇むキセの側に行き、手に取った本の表題には、 『p進Hodge理論』とあった。 数学の世界でも難しいと言われてる、数論幾何(すうろんきか)について書かれた数学書をパラパラと(めく)る。 「おい」 「はい?」 「これが理解できんのか?」 俺にはこの分野がその辺の『秀才』レベルでは到達できない学論であるくらいのことしかわからない。 「はあ、、『楕円曲線』などは暗号技術の基本なので面白いです、、、。 それだけです」 「そっちは?」 本を置き、今度は奴が後ろに隠した紙を取り上げ、広げた。 そこには俺が何度も通い、足を使って頭に叩き込んだ花園街(ファーユエン)の地図が細かく手書きで描かれ、メインストリートの手前辺りの所々が赤の点で印されている。 「これについて説明しろ」 「えーとですね、、、それは二週間前に見た花園街(ファーユエン)の観光案内板にあった地図と、防犯カメラの設置位置です。 メインストリートで見たほんの一部ですが。 忘れる前に書いておこうかと」 「目に写った記憶だけでこれを描いたのか?」 「、、、はい」 カウンターに片肘を着き重心を預けながら、俺は地図を手に、以前こいつから聞いただけの情報を改めて巡らせた。 「そうだな、、、。 順序としてはやはり、お前の出所(でどころ)から聞かせてもらおうか。 たしか実家は魚屋だと言ってたよな?  お前は、その魚屋を営む両親の元で育って、警察学校を出たんだろ?」 「、、、ええと、最初の質問は合ってますが、『両親の元で育った』というのは、事実に相違があります」 「ふ、、、ん」 「柏木社長には話しました。 が、それはあることで身バレしたからといいますか」 「俺に話せよ」  「、、、、でも」 「俺と組むことになった時、言ってなかったか? 『まずはお互いを知らなくちゃいけません』 とかなんとかって、、、。なぁ?」 「それは、、、。そうですが、、、」 「お前、何者だ?」 手画きの地図を筒状にし、キセの顔周りを撫で回しながら訊く。 「、、、、」 「言えないならすぐに荷物をまとめろ。 何でも話せる(・・・・・・)柏木んとこへ送ってやる」 「い、嫌ですっ」 「じゃあ言え」 「、、、、」 「お前の正体を暴くのは簡単だが、自分から言った方が身のためだぞ」
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