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あなたが好きだと言ってるじゃない〜起〜2
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時を遡(さかのぼ)り、2年前。
医大生だったボク、花織薫(はなおりかおる)は、教授からそろそろ卒業後のことを考えるように言われ、困惑していた。
国家試験に合格して、卒業したら、もちろん病院へ研修医として通うつもりだった。
問題は、何科に行くのか、ということ。
研修医は2年の研修期間を経て、自分が何科を希望するのかを病院側に伝えて、そこに配属されることになる。
ボクは、まだ決めていなかった。
もちろん、2年の研修期間で決めて良い。
色々な科に回されるので、自分に合う合わないはそこでわかる。
でも、全く何も考えずに研修を受けるのと、自分が何科の医師になりたいのか、希望を持って研修を受けるのとでは、雲泥の差である。
わかってはいるけど・・・そもそも医者を選んだのも、食いっぱぐれがないってところだし・・・。
深い溜め息をつきながら、だだっ広い大学を彷徨う。
ええっと・・・出口こっちだったよね・・・。
方向音痴なので、同じ建物でも行き慣れていない所は迷ってしまう。
しかも学校なんて、同じようなドアに、同じような階段が並んでいるから、自分が何処にいるのか判らなくなる。
今日は早く帰りたいのに・・・このまま出れなかったらどうしよう・・・。
不安に駆られてキョロキョロしていると、不意に見慣れない掲示板が目に入った。
近寄ると、色々なチラシが貼られていた。
サークル勧誘や、落とし物の捜索など、雑多に貼られている。
何気なく見ていると、講義のお知らせが目についた。
この大学の講堂で、明後日講義が行われるらしい。
『脳神経外科とは』という、いかにも堅苦しいタイトルだった。
「講師は・・・はや・・読めないよ。・・・ゆうき・・・」
『羽屋総悠貴』と、そこには書かれていた。
名前は『ゆうき』と読むのだろうが、名字が読めない。
その珍しい名前に惹かれたことと、脳神経外科という、今まで考えたこともない科の話しが聞けることで、ボクはその講義に参加することにした。
参加無料で予約なしで、自由というところも良かった。
そして、ボクは2日後にその講義を聞きに講堂へ行った。
古くに建てられた講堂は、木造で漆の艶を放っている。
昔は音楽堂として使われていたらしく、音の反響がとても良い。
ステージの両端には、まるでパイプオルガンのパイプのように、木材を筒状に丸めたものが垂れ下がっている。
高く丸い天井は、見上げると何だか吸い込まれそうで、ボクはこの建物が好きだった。
据え付けられている椅子も木製で、教会のような、横長の手すりも境目もない固い椅子だ。
ボクは講堂のちょうど真ん中に座る。
丸い天井のちょうど天辺のあたり。
ステージも見やすく、音も聞き取りやすいからだ。
そして、ボクは恋に落ちた。
講師の羽屋総悠貴(はやぶさゆうき)さんは、若くして大学病院の教授で、脳神経外科の部長だった。
180cmを超える長身、中肉中背のスラリとした体。
それでも運動をしているのか、筋肉質なことが伺える。
切れ長の目はとても涼やかで、高すぎず低すぎない鼻筋、薄い唇。
その唇から溢れる声は、とても耳に心地良いバリトンで、一日中耳元で囁いて欲しいくらい。
長めで少し癖のある黒髪。
前髪は右寄りのところで分けられている。
講義の内容なんて、何も覚えていない。
何も、耳に入って来なかった。
ただただ、その姿と声に見惚(みほ)れていた。
この瞬間、脳神経外科に進むことと、羽屋総悠貴さんと同じ病院に勤務することを、決めていた。
あの人の、傍にいたい。
あの人の、声を聞きたい。
あの人の、視界に入りたい。
あの人に、名前を呼んで欲しい。
あの人に、触れたい。
あの人を、好きになりたい。
その後の2年間は、それしか考えずに、勉強して勉強して、時間を作っては、羽屋総悠貴さんのことを調べていた。
T大付属病院に勤務していることは、講義のチラシに書かれていたから、わかっていた。
病院名と氏名で、ネットを使って調べた。
脳神経外科では若き天才として、有名な人だった。
特殊な術式を行い、これまで何人、何百人と命を救ったという。
その術式と冷静沈着な性格、イケメンなところも注目されていた。
ネットでわかったのはそこまで。
性格とか、好きな食べ物とか、日常のことまではわからない。
そこは病院に行き、患者や見舞い客を装って、羽屋総さんと偶然逢えないかと、うろうろしていた。
ちょっとしたストーカーだ。
自分でも判ってる。
普段は引っ込み思案で、行動に移すことに臆病なのに、この時だけは妙に行動的だった。
でも、告白なんてする気は一切なかった。
ただ、一瞬でいいから、あの人の姿を見たかった。
そもそも男なのに男に惚れるって、おかしいって、自分でも判ってる。
でも、昔から女性にあまり興味がないんだから、仕方ない。
恋に、落ちたのだから、仕方ない。
そして、今現在。
ボクは無事に試験に合格して、卒業し、希望の病院へ研修医として通っている。
一秒も、一瞬も忘れられなかった、羽屋総さんを追いかけていた。
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