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あなたが好きだと言ってるじゃない〜起〜4
部長はボクの隣に座ると、原くんと同じトンカツ定食に手を付け始める。
「花織、そんなんで足りるのか?」
同じことを言われた。
ボクは、途端に胸がドキドキし始めたことに気付かれないように、部長から視線をそらした。
「大丈夫です・・・」
それだけ言うのが精一杯だった。
ボクが部長を好きなことは、誰にも気付かれないようにしなくちゃいけない。
部長は軽く溜め息をつくと、
「ほら、これやるから食べなさい」
そう言ってトンカツを一切れ、ボクのカレーの上に乗せた。
「いえ・・・大丈夫です!」
「いいから。ちゃんと食べろ。ほんとお前は手がかかる」
「すみません・・・」
部長がボクのことを心配してくれた。
それだけで、体中がふんわりと暖かくなって、なんとも言えない幸せを感じた。
見ると部長はわざわざ、トンカツの一番真ん中のところをボクにくれていた。
一番美味しいところなのに、ボクにくれたのだ。
そんなことがすごく嬉しい。
何だか食べるのがもったいないくらい。
ドキドキしながら部長のくれたカツを一口食べる。
その様子を見ていた原くんが、少しムッとしたように眉間にしわを寄せていた。
「羽屋総部長って、モテるでしょうね」
少し棘のある言い方。
なんか、急に不機嫌になったみたい。
原くんは最初の研修で脳神経外科に行き、今のボクのように部長の元で研修を行ったので、部長とも気軽に会話ができる。
ボクは、いまだにまともに顔を見て話せないのに。
「ん?ああ・・・モテるぞ」
原くんの様子に気付いていないのか、あえて無視したのか、部長は表情一つにさらりと答えた。
「恋人いないんすか?」
「いない。この仕事してると難しいな」
「ええ〜?医者って優良物件ですよね。じゃあ、看護師と付き合えばいいじゃないすか」
部長は形の良い眉を寄せた。
「看護師なんて冗談じゃない。あんなたくましい、男顔負けの体力と根性と勝ち気な性格になるんだぞ。オレは無理」
「ですよね・・・オレも白衣の天使と出会えると思ったのに・・・」
二人の会話を聞きながら、ボクは内心ホッとしていた。
部長、恋人いないんだ・・・良かった・・・。
告白する勇気もないのに、部長がフリーなことを喜んでいた。
「あ〜あ、薫が女なら良かったのに」
原くんがご飯を食べ終えて、お茶をすすりながら言った。
「な・・・何言ってんの?!」
「だってお前可愛いじゃん。顔も小さいし、目がデカくて鼻小さくて、唇もぷよぷよだし」
「やめてよ。ボクだって男なんだから、可愛いなんて言われても嬉しくない」
昔から、家族にも友達にも、可愛い可愛いと言われて育っているので、本当に嫌だ。
そう言われないように、あまり顔が見えないように、ボクは黒縁の眼鏡をして、前髪を長めに垂らしていた。
まあ、そうしている理由はそれだけじゃないけど。
「花織は可愛いと思うよ。眼鏡と前髪で隠してるのがもったいないな」
「ふぇ・・・?!」
部長がサラリとそんなことを言うので、びっくりして声が裏返ってしまった。
部長と目が合う。
揶揄(からか)われいるのかと思ったのに、部長はそんな様子ではなく、少し微笑みながらボクを見つめていた。
途端に、顔が熱くなるのがわかった。
何で・・・部長に可愛いって言われても、嫌な気がしないんだろう・・・。
微妙な沈黙が落ちる。
急に原くんが立ち上がり、
「そろそろ行かないと、時間ないぞ」
とすごく不機嫌そうにボクに言った。
「あ、うん」
ボクは、原くんの言葉に助かったと思いながら、残ったカレーライスを詰め込んだ。
口をもごもごさせてると、
「花織、こっち向け」
といいながら、部長がボクの顎を指で持って、引き寄せる。
キョトンとしながら、咀嚼(そしゃく)しているボクの頬を部長が指で撫ぜる。
「カレー、付いてるぞ」
指で拭き取ったカレーを、部長がぺろりと舐めた。
えええええええ?!なに?!何が起きたの?!
あまりの事態に頭がパニックになる。
全然予想してなかった事態に、頭が真っ白になる。
「お前は本当に、手がかかる」
くすくす笑いながら部長はそう言うと、空になった食器が乗るトレイを持って立ちあがる。
「先行くぞ」
何事もなかったのように、部長は行ってしまった。
気付くと原くんも既にいない。
ボクはくらくらする頭で、味もわからなくなったカレーを飲み込み、水を一気に飲み干した。
まだ、顔が熱い。
あんな恥ずかしいことを、平然とやってのける部長は、やはり大人の男の人なんだろう。
ボクがあまりにも子供だから、あれこれ世話を焼いてくれるのだ。
「平常心、平常心」
ボクはぶつぶつ言いながら立ち上がる。
午後の診察が始まる。
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