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あなたが好きだと言ってるじゃない〜承〜1
承
7月も半ばをすぎ、学生が夏休みに入ろうかという時期になった。
今年は昨年を上回る猛暑となり、外来の患者さん達は、一様に冷房で冷やされた病院内にほっとした表情をする。
熱中症にならないように、ペットボトルで飲み物を持って来る人が多く見られた。
ボクは部長の助手という名目で、雑用をこなし、看護師さんにも怒られながら走る日々が続いていた。
午後の診察時間が終わり、日誌をつけたり、明日の準備をしたりと、雑用も終えたボクは、しばらく医局で茫然としていた。
ろくに座る時間もないので、少し休憩してから帰ろうと思っていた。
そうやってぼ〜っとしていたら、ドアがノックされる。
医局の人だったらわざわざノックなどしないので、別の科の人だとわかる。
「はい?」
ボクが返事をするのと同時にドアが開けられる。
「お、いたいた。これから帰りか?」
ひょっこり顔を覗かせたのは、原くんだった。
体力に自信がある彼はいつも元気そう。
ボクはいつも羨ましかった。
「うん」
「じゃあ、これからちょっと飲み行こうぜ」
「え?・・・どうしようかな・・・・」
正直、疲れきっていて今すぐにでも眠りたいくらいだ。
「何だよ〜、付き合えよ〜。たまにはいいじゃんかよ〜」
小児科で疲れきったのだろう。
原くんが珍しくしつこく誘ってくる。
これまでにも数回誘われて断っていることを思い出し、
「うん・・・いいよ。でもボクお酒グラス一杯も飲めないからね」
「いい、いい!お前はメシ食えばいいんだから。じゃ行こうぜ」
原くんは嬉しそうに、満面の笑顔になって、早く早くとボクを急かした。
ボクは机の上を整理して、私物を鞄へしまうと、原くんの後をついて行った。
病院を出てすぐのバス停を覗き込む。
バスがすぐに来れば乗った方が早く駅へ行けるが、あいにくとバスはちょっと前に出てしまっていた。
「仕方ない、歩くか・・・」
「まあ、10分くらいだしな」
原くにとって10分歩くのなんて、たいしたことないんだろうが、ボクにとっては大問題だ。
体力つけないとな・・・医者は体力が基本って本当だ・・・。
軽く溜め息をついたボクに、原くんが
「なんなら、おんぶしてやろうか?」
と揶揄(からか)うように言ってきたので、ボクは少しムッとして唇を尖らせた。
「大丈夫だもん!」
「・・・薫は本当に可愛いな」
くすくす笑う原くんにますますムッとしてしまった。
駅に近くなってくると、ちらほらと飲み屋さんが確認できる。
ボクは全然お酒を飲まないので、正直どのお店に入ればいいのかわからない。
原くんは慣れた感じで、駅に続く大通りから一本入った道へ足を向けた。
そのまま付いて行くと、小料理屋さんの暖簾(のれん)をくぐって行く。
いつも行っているお店なのか、原くんは店の引き戸を開けると、店主らしき人と挨拶を交わして、席が空いているか聞いている。
ちょうど席が空いていたらしく、すぐに案内してもらえた。
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