509人が本棚に入れています
本棚に追加
あなたが好きだと言ってるじゃない〜承〜2
店内はこぢんまりとしており、カウンター席と椅子席が4つほど。
20人も入れない店内で、ボクと原くんでちょうど満席だった。
カウンター席には魚用の冷蔵庫があり、お寿司屋さんのようだった。
店内が木目で統一されており、清潔感のあるお店だ。
学生時代には居酒屋チェーン店によく連れて行かれたが、社会人になってこういう所に連れて来られると、大人になったのだと実感する。
椅子に座れてちょっとほっとしていると、原くんはすぐに生ビールを頼み、ボクはウーロン茶にしてもらった。
料理も全部原くんに任せてしまった。
食べ物の好き嫌いがないので、何でも食べられるボクだが、いかんせん量は入らない。
まあ、大部分は原くんが食べてくれてるからいいけど。
2時間ほど経つと、原くんが結構酔っ払い始めた。
時間はもう9時をすぎている。
「原くん、もうそろそろ帰ろう。明日も仕事だし、ね?」
眠りそうになっている原くんの袖を引っ張って、ボクは目を覚まさせようとする。
「・・・ん?・・・ああ、そうだな」
原くんは眠い目をこすって、大きく欠伸をすると伸びをした。
その様子が何処か子供っぽくて、少し笑ってしまった。
お勘定を済ませると、外に出た。全然気温の下がっていない熱帯夜の風が頬を嬲(なぶ)る。
すれ違った女性二人も暑い暑いと話しながら、扇子で顔に風を送っている。
駅までの道を歩いていると、原くんがふらふらとあっち行ったりこっち行ったりしている。
ボクは仕方なく原くんに肩を貸して歩いた。
身長差がありすぎて、バランスが取れない。
そのちくはぐな様子にすれ違ったサラリーマンが苦笑を浮かべていた。
こんなになるまで飲まなきゃいいのに・・・。
そう思いながらよたよたと歩いていると、原くんが不意に強い力でボクを引きずって、ビルの隙間の狭い横道に入って行った。
あれ?あんなにふらふらだったのに、今はちゃんと歩いている・・・。
不思議に思っていると、ボクはいきなりビルの壁に押し付けられた。
原くんがボクの頭の横に手をついて、ボクが逃げられないようにしている感じになった。
「・・・原くん?大丈夫?」
尋ねるボクに原くんは顔を近づけてくる。
熱い風が吹き抜けた。
「オレは・・・お前が好きだ」
「え・・・?」
「花織薫が、好きなんだ」
原くんの真剣な表情。
揶揄(からか)っているのでも、嘘でもなく、本当に本心を言ってくれていると、わかった。
それでも、ボクははぐらかそうと、
「ボク男だよ。原くん、ボクのこと揶揄って・・・」
「わかってるさ。男でも、それでも、オレはお前に惚れてる。オレじゃダメか?」
『ダメか?』と聞かれたら・・・ダメだとしか言えない。
ボクは・・・ボクが好きなのは・・・。
黙って俯(うつむ)いてしまったボクに、
「部長が好きだから?」
「え・・・?!」
びっくりして顔を上げると、眉根を寄せて苦しそうに笑う原くんと目が合った。
「お前、部長のことばっかり見てる。部長と話すと嬉しそうに笑う。部長と・・・」
「違う!そんなんじゃない!」
ボクは原くんの言葉を遮るように叫んだ。
気付かれないように、慎重にしていたつもりなのに、原くんに見抜かれていて恥ずかしかった。
それを隠したくて、ボクは否定の言葉を叫んでいた。
すると、原くんが急に顔を近づけてきた。
後頭部がその大きな手で包まれて、引き寄せられる。
キスされる・・・!
ボクは口唇が触れる寸前に、原くんの胸を突き飛ばした。
体が少し離れた隙に、ボクは走りだしていた。
原くんの急な告白と、キスされそうになったことで、頭が混乱していた。
自慢じゃないけど、ボクは今まで誰とも付き合ったことがない。
だからキスもセックスもしたことがない。
だから・・・だから・・・初めては好きな人がいい・・・。
少女趣味だと笑われても構わない。
やりたい盛りの男が何を言ってるんだと、バカにされても平気。
ボクは、好きな人とだけ、そういうことがしたい。
他の人なんか関係ない。
これがボクなんだ。
ボクは、駅まで一気に走って地下鉄に続く階段を駆け下りた。
改札を抜けて、ちょうど来た電車に乗り込んだ。
ドアに寄りかかって、上がった呼吸を静めようと、深呼吸を繰り返す。
汗が全身から吹き出していた。
額から汗が落ちてくる。
脳裏に浮かんでくるのは、原くんの顔と、部長の顔。
部長なら・・・嫌じゃないのに・・・部長なら・・・。
最初のコメントを投稿しよう!