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ep.02 *prologue《剣と魔法の世界》2
決意の眼差しを前に向けるユウが、手綱をググッと強く握り締める。
レグノイはその様子を見て取ると、やんわりと諭すように言った。
「力み過ぎるな、ユウ。この4年間で、お前は勇者として大成したのだ。剣においても魔法においても、お前は正しく最強。最早この世界でお前が勝てぬ相手などおりはすまい。たとえこれから戦う敵が、彼の災厄竜であろうとも」
その言葉に、ユウはしっかりと頷いてみせる。
「ああ。もうこれ以上……犠牲を出すわけにはいかない」
彼が勇者として歩んできた苦難の道程――そこには数々の出逢いと別れがあった。
この世界で初めて出逢った少女フェメ。親身に相談に乗ってくれた町の長老や、勇気をくれた子供達。粗野だが気の置けない傭兵団の仲間、信念と誇りを教えてくれたドワーフの騎士、挫けそうな時に優しく諭してくれたエルフの巫女――。彼らの殆どは、世界の為、誇りや愛の為、そしてユウの命を守る為に死んでいった。
それが如何なる物語であったかは、後の吟遊詩人が語るに任せるとして、今のユウはそんな彼らに託された想いを胸に、その未来を見つめていた。
「この世界は、僕が守ってみせる――!」
決意とともに、ユウの翡翠色の瞳は熱く燃える。
すると後ろから、深い霧を掻き分けて進み出てきた青年が、そんな彼の緊張を解すように、背中を軽くポンと叩いた。
「背負い過ぎはよくないよ、ユウ。それを言うなら僕たちが、でしょ?」
魔術師らしい灰色の長衣を着て、洋紅色の髪から尖った耳を覗かせるエルフの彼は、気の抜けたような笑い声と顔で、ユウに微笑みかけた。
「レンゾ……」と、その名を呼ぶユウ。
軍の指揮を執るには、些か若すぎる見た目のその青年レンゾは、しかし大陸全土に名を馳せる大魔法使いである。
彼は元々細い目を更に糸のようにして微笑むと、快活な声を上げた。
「じゃあパパッとモンスターをやっつけて! 悪い竜もやっつけて! 帰って皆で昼寝といこうじゃあないか!」
そのお気楽な様子に失笑するユウ。神妙な空気は払拭されたものの、決戦前には気の抜け過ぎるその内容を、レグノイが横から軽くたしなめる。
「まったく、お前という奴は。いくらエルフの寿命が長いからといって、昼寝以外にやることは無いのか。名門ロッシュ家の名が泣くぞ」
「構わないさ。一族の名は弟のサジュエルにでも継がせて、僕は惰眠を貪ることに専念するのさ」
悪びれも無く言うレンゾに、溜め息のレグノイ。
「やれやれ――とは云えまあ、我々が戦いを離れて気兼ねなく寝られる世の中というのは、この世界には望外なのかもしれんな」
「ははっ、そうそう解ってるじゃない」
パッと明るい笑顔を見せたレンゾは、腰の装飾帯に差していた短い木の杖を、徐に引き抜いた。そしてその杖を前に翳すと、途端に真面目な顔つきに切り替わり、
「霧よ、晴れよ」と一言。
直後――彼を中心に光の魔法陣が拡がり、レンゾが発した古代語に呼応して、陣から巻き上がった旋風が、丘を包む霧を瞬く間に掻き消した。
晴れ渡った空に朝陽が馴染み、そうして明らかになった丘の上の全容は壮観であった。
丘の真ん中に、勇者ユウを挟んでレグノイとレンゾ――その彼らの後ろには、涼風にはためく白い軍旗。そして5万人を超える、人間とエルフとドワーフの連合軍が、整然と並んでいた。
対する一方、丘を降った先に拡がる平野には、しかしそれを遥かに上回る数の、恐ろしいモンスター達が待ち構えていた。
獣人鬼、小人鬼、蜥蜴人、巨人鬼――その数はざっと見積もっても、ユウら連合軍の10倍。
各種族が前列後列と分かれており、多少の不揃いに目を瞑れば、一応陣形と呼べなくもない隊列を組んでいる。粗野な物だが装備を整え、統率も取れた様子から、モンスターと云えども決して彼らの知能は低くなく、与し易い相手ではないことが窺い知れる。
平野を埋める異形の大軍勢に、レンゾが溜め息を洩らした。
「よくもまあ、こんなに集まったもんだね」
「臆することはなかろう。こちらは精鋭揃いだ」
レグノイが意気揚々に鼻を鳴らすと、ユウも真っ直ぐ敵を見据えて頷く。
「ああ、僕らは負けない」
するとレンゾが飄々とした顔で、杖を掲げた。
「そうだね。じゃあ行こうか!」
彼の杖に、レグノイは背中の曲刀を合わせると、閑静な早朝の丘に、威勢の良い声を高らかに響き渡らせる。
「いざ、アーマンティルの安寧のために!」
「それと、僕の安眠のために!」とレンゾ。
再び軽く失笑しかけたユウが、咳払いをして気を取り直し――スラリと抜き放った白銀の長剣で、天を突き呪文を唱えた。
「星霊の加護よ力となれ!」
するとたちまち、丘の上に拡がる金色の魔法陣――そこから降り散るキラキラとした光の粒が、連合軍の兵士達の鎧や剣に染み渡り、彼らの装備をより堅く、より強い武器へと強化する。
ユウは、その効果により自軍の士気が一層高まったことを確認してから、敵陣に向けて剣を振り下ろすと同時に叫んだ。
「行くぞ! ――全軍、突撃!!」
5万の兵が鯨波とともに、雪崩の如く丘を駆け下る。対するモンスターの軍勢もそれに呼応して、叫喚とも怒号ともつかぬ鳴き声を上げながら、弾かれたように飛び出した。
勇者率いる人間達の連合軍とモンスターの大群。双方が大地を揺らし、ここに決戦の火蓋が切られたのである。
人間の弓兵隊が、空を埋め尽くす万の矢を放つと、それは先陣の歩兵や騎馬の頭上を越えて、豪雨の如く敵陣に降り注ぐ。バタバタと崩れる小人鬼の歩兵達。しかしモンスターの進攻は止まるどころか、むしろ狂気に火が点いたかのように、一層大地を揺るがした。
騎馬隊の先頭を駆けるユウが、指で剣を柄から切先に向かってなぞると、剣身がパリパリと音を立てながら白い放電を始める。
「せやぁぁぁっ!!」
敵軍の先駆けとの激突の直前で、ユウがその剣を真横に薙ぎ払うと、空気の張り裂ける音と同時に扇状の白い閃光――それは地面と水平に疾り、たった一撃で、100匹を超える小人鬼を纏めて両断しつつ吹き飛ばした。
それを見ても一向に怯まぬ獣人鬼の集団には、双つの曲刀を高らかに構えたレグノイが、人馬一体となって突っ込み、ビリビリと突き刺さるような怒号を上げながら、竜巻の如き剣撃で縦横無尽に屠り去ってゆく。
「うーん、正に鬼神の如しだなあ。これは僕も負けてられないな」とレンゾ。
彼は二人の後方で素早く呪文を詠唱――すると無数の青い魔法陣が横一列に展開され、そこからゆっくりと巨大な氷の槍が出現した。
「穿て氷塊の刃よ!」
彼が杖を突き出すとその槍は高速で発射され、暴れ回る巨大な巨人鬼達の身体を、次々と精確に貫く。そして彼らの苦悶の表情ごと、一瞬にして凍り付かせていくのであった。
「我らも続けぇっ!」と雪崩込むドワーフ達。
勇者らの奮戦に負けじと各々の眼前にいる敵に剣を振るい、斧を叩き付け、槍を突き刺す。エルフの魔法兵が放つ火球や光の矢が、その味方の間を縫って撃ち込まれる。
怒号、金属音、血風、断末魔――。
人間達とモンスター。互いの版図と生き残りを賭けた最終決戦は、斯くして開始とともに、物語の佳境へと突入したのであった。
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