ep.04 *prologue《剣と魔法の世界》4

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ep.04 *prologue《剣と魔法の世界》4

 モンスターも人間もエルフもドワーフも、無論彼らの乗っていた騎馬も、どの種族と云わずあらゆる種類の屍が、足の踏み場もないほどに累々と横たわっている。その丘の光景は、惨憺たる有り様であった。  また、絶命と同時に魔素を失い、急速に朽ちていくモンスターの腐臭――、そこに、散らされ流され出た血と体液の生臭さや、鉄の臭いまでもが加わって、たとえ目を瞑ったとしても、嗅覚だけでそこが未曾有の戦場であると解る。  しかしそれも既に、終息を迎えようとしていた。  戦いは開幕時の大規模なぶつかり合いから、丘の広範囲に散開した、小人数同士の競り合いへと変化しつつあり、そうなってくると一層、個人としての戦闘能力が抜きん出た、勇者ユウの戦いっぷりは際立っていた。 「はああぁッ!」  銀髪の少年――ユウが雷を帯びた白銀の剣を振るうと、巨人鬼(トロール)の体は真っ二つとなり、黒焦げた斬り口を晒す。その巨体が崩れ落ち、小人鬼(ゴブリン)達の白骨を圧砕した。  彼のその異常な強さを前にして、闘争本能が強いさしものモンスター達も、次第に戦意を失ってゆく。 「勝機だぞ! 一気に押し込めぇぇいッ!」  それを好機とみた将軍レグノイの号令で、散開していた連合兵士達は一丸となる。  彼らの被害も決して少なくはなかったが、依然士気の衰えぬ精鋭らの攻勢に、弱腰になったモンスター達は、次々と呑み込まれていった。  その波に徒歩で付いていこうとするユウを、遠目に認めたレンゾが声を上げた。 「――ユウ!」  開戦から今だ剣を休めることのない勇者の許に、レンゾは魔法で敵を蹴散らしながら駆け寄る。 「無理しすぎだよ、流石に。魔力もロクに残ってないじゃないか」 「だ……大丈夫、まだ――やれるよ……」  ユウは肩で息をしながら、ガキンッと剣を地面に突き立てると、それに体重を預けた。それでもよろけるユウの肩を、慌ててレンゾが支える。 「どこが大丈夫なんだか……。もうこの丘の勝敗は決したも同然だ。あとは兵士達(みんな)に任せればいい。それに――」  レンゾは遠くに(そび)える岩山――最終目標である、災厄竜ガァラムギーナの根城がある方角に目を凝らす。 「本当の戦いはこれからなんだから。ここで力を使い果たすわけにはいかないよ? 僕らは真の敵、災厄の竜を倒さなくちゃいけない」  レンゾが真面目な顔でそう諭すと、ユウは涸れた息を漏らしながら頷いた。 「うん……解ってるよ……」 「じゃあ一旦退いて。レグノイも呼び戻すから。体制を立て直してから――そう長くは休めないけど、怪我は治さなくちゃ」  ***  ――王国軍陣営、戦の喧騒が遠退いた後方の天幕。  鎧を脱いだユウが椅子に腰を掛けると、二人の魔法医が掌に浮かび上がる淡い緑色の魔法陣を、ユウの身体中に付けられた傷にそっと押し当てた。出血がすぐに止まり、やがて傷そのものが小さくなっていく――。  そこへ、天幕の垂れ布を上げて、巨躯の戦士レグノイが徐に入ってきた。 「無事か、ユウ」 「うん、大した怪我じゃないよ」 「そうか……。勝敗は決したな。こちらの被害も決して少なくはないが」  そそくさと侍従武官が、モンスターの返り血で塗れたレグノイの鎧の留め金を外そうとすると、彼は「このままでいい」と、手でそれを制した。そして剣帯だけを侍従に渡し、用意された椅子にドカリと腰を下ろす。 「残党狩りの指揮は副官に任せてきた。残るは彼の竜――ガァラムギーナだけだが、奴は死んだモンスターの魔力すら己のものとすると云われている。これだけの軍勢の魔力が奴に還ってしまえば、恐らく勝つのは難しいだろう。連戦にはなるが、攻めるなら今しかあるまい」 「覚悟の上だよ」とユウ。  すると彼に回復魔法を掛けながら、レンゾが応える。 「まああれだけの数のモンスターに強化魔法を施しているんだから、ガァラムギーナも疲弊している――とは思いたいけどね」  レグノイは「そうだな」と頷いて、侍従が差し出した水を一気に飲み干した。  魔法によって傷が癒え、活力を取り戻したユウは再び鎧をその身に纏う。 「いけそうかい?」とレンゾ。  コクリと頷いたユウは、剣帯に付けた鞘から白銀の剣を引き抜き、それを見た。あれだけ酷使しても尚、刃こぼれ一つしていない鏡の様な刃――そこに写る自身と目が合う。  4年前、この剣と魔法の世界(アーマンティル)で目覚めた自分――。何ひとつ持たずにこの世界に現れた気弱な少年(じぶん)は、今や新たな伝説を紡ぐ者となったのである。 (死んでいった皆の為にも――)  ユウが歩んできた冒険はたった4年間の短い物語ではあったものの、ここに辿り着くまでの代償は大きく、彼にしてみれば、果てなく長い旅路であった。 (災厄の竜ガァラムギーナを倒し……世界を護る――)  その唯一の目的、そして己の軌跡に想いを馳せながら、ユウは自答するかのようにもう一度しっかりと頷き、口を開いた。 「行こう。最後の決着をつけに」  *** 〔手順を確認する――〕  階段を跳び降りながら話すクロエの声は、音としてではなく、リアムの頭の中に直接響く。  二人の黒いスーツは、地下深くへと続く暗闇に溶け込み、右眼の青い光だけが鮮やかな軌跡を残す。 〔情報犯罪者(ディソーダー)はこの下にいる、ガァラムギーナという名の男だ。所謂ドラゴンだが、以降これを『目標』と呼称する〕 〔ドラゴンなら男ではなく、(オス)なのでは?〕と、真面目な顔で訊くリアム。 〔どちらでもいい。……改変された情報の規模から推定すると、目標の潜在アルテントロピー指数は160前後、ランクB相当だ〕 〔なるほど。超個体というやつか〕 〔目標にはまず源世界への任意同行を要請し、応じない場合は身柄を拘束、強制連行する。万が一戦闘が発生した場合、エントロピーの増加は私が抑える。故に戦闘はリアム、お前が一人で行え〕 〔了解した〕  途方も無く長く、暗い階段を突き進んで行くと、やがてオレンジ色の光が射す出口が見えてきた。 〔あそこだな〕とクロエ。  狭い階段のトンネルを抜けると、視界が途端に開ける――そこは、マグマ噴く灼熱の世界であった。  空洞というよりも、別の大陸にでも来たかと思える、地平すら見えるほどの、広大な空間である。見上げれば空の高さに岩盤があり、それが天蓋となっていた。  そこには無論、太陽の光など到底届きようもなかったが、決して暗くはなかった。  溶岩の川がドロドロと流れており、地面の至る所に走った亀裂からも、マグマが覗いている。図らずともそれらが充分な照明の役割を果たしているのである。  とは云え、その大空洞の気温(明るさの代償)が生物の存在など許すはずもなく、秘境と表現する程度ではとても足りぬ、この過酷な環境は、さながら地獄の様相であった。  しかしクロエとリアムは、その灼熱など気に留める様子もなく、まるで春の遊歩道を散歩するかのような気軽さで、悠々とその地獄を歩いていく。 「アレ(・・)か――」  リアムがそう言って見据える先には、不自然に佇む漆黒の山。  彼らが歩みを進め徐々に山影が近くなってくると、その山が、のそりと首をもたげた。 「……何者だ?」  その上から発せられた重々しい声が、大空洞を揺るがす様に木霊する。――クロエらの視線の先で、もたげられた首は、正しく竜のそれであった。
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