ep.05 *prologue《剣と魔法の世界》5

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ep.05 *prologue《剣と魔法の世界》5

 時折地面から、少量のマグマが数メートルの高さまで噴き上がる。また遠くで地鳴りがしたかと思うと、暫くして頭上から石礫が、通り雨の様に降り去ってゆく。  その世界にいかにも似つかわしい漆黒の竜と、一方まるで場違いな――と云うよりも、世界観(・・・)からして違う、スーツ姿の男女。 「お前がガァラムギーナだな?」  問うたクロエの目の前で、彼女らを覗き込むように首を折り曲げた竜の頭は、それでも50メートル近い高さにある。 「何者か……? 勇者ではないな――」  巨像のような頭が、地下全体に殷々と響き渡る声で応えた。煌々と黄色く光る蛇の如き眼で、その竜――ガァラムギーナは、平然と立ち並ぶクロエとリアムを、じっくりと交互に睨める。 「貴様らからは魔力を……いや、気配すら感じられぬ。奇怪な存在だな。――名を名乗るが良い」  彼と比べれば、二人はまるで小虫同然の大きさであったが、しかしクロエは臆することなく歩み出て、再び口を開いた。 「私は世界情報統制局『WIRA(ウィラ)』に所属する亜世界情報規制官、通称『ルーラー』のクロエ・(ハク)・ゴトヴィナだ」 「規制官……ルーラー……? 聞かぬ言葉だ」  声に怪訝の響きを含ませて、目を細めるガァラムギーナ。だがそんな様子もお構い無しに、クロエは淡々とした口調で告げる。 「ガァラムギーナ。お前には亜世界における物理法則の改変、及びそれに伴う情報整合性毀棄により、情報犯罪者(ディソーダー)更生プログラムの履修が強く推奨されている。悪いが源世界まで、私と同行してもらうぞ」  ***  かつて、この剣と魔法の世界(アーマンティル)における『竜』とは、総ての生物の頂点にして、世界のバランスを保つ役割を担う、神に最も近いとされる存在であった。  その体躯は山の如し、咆哮は空と海を揺るがし、強大な魔法は大地をも砕く――そう言い伝えられてきた。  そして100年ごとに現れる魔族の長、所謂『魔王』を、その時代に生まれた勇者が剣と魔法によって討ち倒し、竜と星霊(せいれい)の祝福をもって平和を為す。  その繰り返しが、この世界不変の歴史であり、理であった。  しかし数百年前にガァラムギーナが出現してからは、その歴史が一変した。  何故なら調停者であるはずの(かれ)が、魔王を殺したからである。そしてそれ以降現れた魔王と、勇者足る力を持つ人間も全て、ガァラムギーナの絶対的な力の前に敗れ去っていった。  それ故アーマンティルは、束の間の平和すら許されぬ、絶望の世界に陥ることとなったのである。  記憶を失った転生者、かつてない力を持った新たな勇者、ユウが登場するまでは――。 ***  人間が足を踏み入れることはなく、手付かずで好き勝手に育った獣道に、掠れ響く甲冑の音。――ガァラムギーナの根城の地下大空洞へと続く森。  双曲刀の大丈夫レグノイ、大魔法使いレンゾとともに、ユウは長い旅の終わりである最終目的地(ガァラムギーナ)へと邁進していた。 「そろそろ見えてくるはずだよ」とレンゾ。  唯一(それ)を纏っていない彼が案内役となって先導し、すぐ後ろにユウとレグノイ――更にその後ろには、王国の騎士団から選りすぐった20名の兵士達。  黄昏の丘での戦闘からほとんど間を置かずに来た彼らは、皆疲弊の色を隠せていなかったが、それよりも今は、世界の命運を賭けた最後の戦いであるという重責と誇らしさが、その歩みを確かなものに変えていた。 「何か変だな……」  間もなく森を抜けようというところで、レンゾが怪訝な顔をした。 「確かに……呪壁の気配がしない」と、ユウも同様の表情。 「どういうことだ――?」  状況を掴めぬレグノイが問うと、レンゾが答える。 「僕らが向かっている地下への入口は深淵の洞というのだけれど、そこには封印の門があるんだ。その門にはガァラムギーナが――かどうかは判らないけど、とにかく恐ろしく強力な呪いが掛けられている」 「ああ、それは解っている。その呪いを解くために、我らは『解呪の証』を手に入れたのではないのか?」 「そうなんだけど、その肝心の呪いの瘴気が感じられないんだ。僕はそれなりに魔力には敏感だからね、大抵の呪いの類はある程度近くに在れば判るんだけど……今は全然その気配がしない。もうかなり近くまで来ているはずなのに――」  そう言ってレンゾが、これは不可解だと顎をさすっていると、やがて遠くの木々の切れ間から、荒れ果てた石門が見えた。 「あれは?!」  するとユウが異変に気付いてそちらを指差した。  彼が示す先には砕けた石の門扉――それが木を薙ぎ倒して片側だけ転がっている。巨人鬼(トロール)ですら運ぶのに難儀しそうな、分厚く巨大な石の塊は、その先に見える洞の入口から50メートルは離れた場所にあった。 「なんだ、これは!? まさか既にガァラムギーナが地上へ――?」  と憂慮するレグノイに、レンゾが答える。 「いや、それはないと思う。この門に施された呪いは、敵の侵入を防ぐためのものだから、ガァラムギーナ自身が通るなら、わざわざ門を破壊する必要はないはずだよ。それに竜はこんなに小さな門は通れない」 「しかし、では何故これほど巨大な門扉が、こんなところまで? 引き摺った跡すら見当たらんぞ……?」  レグノイは、何らかの衝撃で壊れた扉と洞の入口を見比べて呟いた。その入口には身の軽いレンゾが先に向かう。 「レンゾ! 何か見つかった?」とユウ。 「特に誰も――いや、待って?! なんてことだ……そんな、あり得ない――」  驚愕して言葉を失っているレンゾのところへ、ぞろぞろと足早に皆が集まると、レンゾは破壊を免れた片側の扉の縁を示した。 「これは……」  門の縁には、微かではあるが赤黒い光がこびり付いており、それが息絶え絶えのミミズの如くウネウネと動いている。 「まさか……解呪されていないのか?」  レグノイが剣をスラリと抜いて、剣先をうねる光に近付ける。するとレンゾが慌てて叫んだ。 「触っちゃダメだ、レグノイ! 術式は破壊されてはいるけど、ひょっとするとまだ呪いが発動するかもしれない」 「なんと、それほどか」 「うん。これは証を持たない者や資格の無い者――つまり、ガァラムギーナに仇なす者に対する仕掛けなんだ。直接触らなくても危険だと思う。発動すれば最後、勇者だろうと大神官だろうと、誰が何人いようとも逃れられない。絶対致死の恐るべき呪いだ」  神妙な面持ちでそう語るレンゾであったが、レグノイは訝しげに、その門を這う光を睨んだ。 「だが実際、壊されて開いているぞ? 呪い殺された死体も見当たらんが――。大砲などで破壊したのではないか?」 「そんなもの、100発撃ったって傷ひとつ付かないよ。そもそも大砲なんかで壊せる物なら、わざわざ辺境の地にまで『解呪の証』を取りに行ったりなんかしないよ」  そう言ってレンゾは、ユウが首から下げた赤い宝石を見る。 「――それに呪いの発動条件は、恐らく『門を開けようとすること』だ。遠距離であっても砲撃した瞬間に、射手は呪い殺されるだろう」 「ではこの状況をどう説明するのだ?」とレグノイ。 「それが解らないんだよね」と、レンゾは手をヒラヒラとさせてみせた。  それをレグノイが険しい顔で睨みつける。 「そんな顔しないでよ。だって現実的に考えて――『絶対致死の呪いを無視して巨大な石扉をこじ開ける』なんて、あり得ないんだから」  レンゾが首を振りながら溜め息を吐くと、ユウが「とにかく」と切り出した。 「中に入ってみよう。呪いが破壊されているのは想定外だったけど、今はこれ以上話に時間を割いてる暇は無いよ」 「それは確かにね。だけど状況が余りにも異常だ。騎士団(みんな)はここに残ったほうがいいと思う。とりあえずは――」 「ああ、僕らだけで行こう。レンゾ、レグノイ」  兵士の中には多少不満がある者も、ホッと胸を撫で下ろす者もいたが、ここに至ってユウの提案に異議を唱えるものはいなかった。  そして三人は兵士達を残して、緊張と決意を胸に洞窟へと足を踏み入れたのであった。
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