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第11話 悪役令嬢は王子様
いよいよ始まった演劇本番。まず、当初の予定と違い可憐なドレス姿で舞台に現れたミーシャに観客席がざわついた。
(わぁぁぁぁっ、見られてるよーっ!な、なんかこう言う可愛いの着るつもりじゃなかったからすごい恥ずかしい……!)
だが、敬愛するシャーロットがわざわざ男装してまで役の交換を申し出てくれたのだ。ここで頑張れなきゃヒロインが廃る!と内心で気合いを入れ直す。
(うぅ、でもやっぱ足が痛くて思いきりは動けないなぁ。情けない……!)
慣れないドレスの気恥ずかしさと挫いた足の痛みで、どうしても所作が小さく大人しくなってしまう。ミーシャ自身はそれをマイナスに捉えているのだが……
「天真爛漫で溌剌とした印象しかなかったが、ああしていると可憐で可愛らしいじゃないか」
「本当に、光に当たると輝いてまるで妖精のようだわ……!」
中身が猪娘でも、流石はヒロイン。その普段とのギャップと容姿がプラスに代わり、観客にはかなり受けていることには気づかないミーシャなのだった。
そうこうして無事舞台は進み、自国に連れ戻され無理矢理別の国に嫁がされそうになった姫を王子の身代わりを辞めたヒーローが浚いに来る場面。クライマックスに相応しく、幻影魔法で夜道を走っているように見せた馬車のセットから顔を出したミーシャ演じる姫が叫ぶ。
『来てはなりません!わたくしは隣国の王女です。この誘拐は父である国王の命令!それをこの国の王子である貴方が邪魔立てすれば、一気に国同士の諍いの火種になりかねませんわ!』
乱れた服も気にせず馬で追ってくる王子が傷つけられるその姿に、悲痛な面持ちで叫ぶ姫。丁度その時馬車が揺れ、仮面が外れて空に舞う。初めて目にした姫の双眸が、塗れていた。
『……っ!平民を人とも思わない、こんな国の王族など知った事か!私にとって貴女より価値のあるものなど無い!!』
シャーロットの演じる王子……改め、王子の身代わりにさせられる為だけに国に親を殺され浚われ生きてきた青年が、王子の証としてずっと纏い続けてきたマント《足枷》を脱ぎ捨てる。
(しっ、シャーロット様かぁっこいぃぃぃぃ……!それに良かった、ここまで来たらもう後は窓枠から飛び出した姫が青年の胸に抱きつくだけだから、無事に終わりそう!)
顔には出さないようにしつつもそうミーシャが安堵したとき、舞台袖に控えていた裏方の女子生徒数名が怪しく口角を上げる。
『あぁ、そこまでわたくしを望んで下さると言うならば……、っ!?』
最後の長台詞にセットの上に立ち上がったその時、幻影魔法のなかを猛スピードで走っていた馬車の車輪が嫌な音を立て外れた。何が起きたかを理解するより早く、只でさえ高いステージの更に高いセットの上から、ミーシャの身体が反動で放り出される。
それに気づいたシャーロットの動きは、早かった。
舞台用だから本物ほどでは無いとはいえ邪魔くさい礼服の上着も脱ぎ捨て、壊れたセットの背を足場に空中にジャンプする。一歩間違えば大怪我をするであろうその行動に、観客席から悲鳴が上がった。
(もう駄目!また落ちる!!)
そしてミーシャは誘拐シーンだった為後ろ手で両手首を縛られた状態。これでは受け身もとれやしない。ギュッと目を閉じ落下の衝撃に身を竦めたが。
「……はぁ、間に合ったか」
「……っ!」
力強くも痛くないよう抱き止められて、恐る恐ると目を開ければ、少し乱れた前髪をかきあげた男装のシャーロットに顔を覗き込まれていた。
「し、シャーロっ……っ!」
名前を呟く前に、白い手袋に覆われた人差し指で唇をおさえられた。フッといかにも青年らしく笑んだシャーロットの手が、そっとミーシャの顎を持ち上げる。
『よく見てみろ、これが私……いや、本当の僕の姿だ。君が愛してくれた“王子”は、周りを欺く為演じていた幻想に過ぎない。それでも、君は僕に幻滅しないと言えるかい?』
(あ、舞台の続きか!でも、台詞も青年の一人称もちょっと違う……)
そう思ったが、自分を見つめるシャーロットの双眸が、あまりに真っ直ぐで真剣だから、ミーシャも真っ直ぐに、自分の気持ちで答える事にした。
『どんなに別人を演じて来ようとも、人は己の中の“自分”を完全に殺す事は出来ません。私は貴方の中にどんな貴方が居ようとも、貴方を、愛しています』
熱くも優しい眼差しでミーシャが答えると、手首のロープがはらりとほどけた。自由になった両手を青年の背に回し、抱きつき頬を彼に寄せた姫が囁く。
『演じている面も、いつも私を救ってくれる強さも、時折見せる儚さも、全部合わせて貴方ですよ。だから、教えて頂けませんか?貴方の本当のお名前を』
フッと口角をあげた青年が、姫を抱き寄せ唇を近づける。
『僕の、本当の名は……』
最後の言葉は、誰の耳にも届かないまま、二人に唇が重なって。夜の森を写し出していた舞台は、静かに静かに幕をおろした。
『その後、二つの国で身代わりの王子と仮面の姫君の姿を見たものは居ない。しかし、この世界のどこかの静かな場所で、彼らは自分を素直に明かし、受け入れ合って生きていく。死が二人を別つまで、この世の誰より幸せに……』
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「あぁぁぁぁ……やぁっと終わったーっ!あいたっ!」
「暴れるんじゃありません!貴女は怪我人ですのよ!」
衣装から着替えてソファーにダイブしたミーシャの頭を台本で叩き、シャーロットがやれやれと肩を竦める。
「えへへ、ごめんなさーい!安心しちゃってつい……。それにしてもシャーロット様!最後のシーンなんですけど」
ドキッとシャーロットの肩が跳ねた。それに気づかずミーシャは続ける。
「どうしてギリギリで唇の横にしたんですか?本当にキスされてもシャーロット様となら大歓迎でしたよ!」
「はぁっ!?~~っ、だから貴女はもう少し己を大事になさいと言っているでしょう!
パコォンッとまた頭を叩かれたがミーシャはめげない。不満げに腕をバタバタさせているその姿に頭を抱え、シャーロットは自分の紅を拭い落とした。そして、おもむろにミーシャの腕を引き、抱き締める。
「全く……そんなに無防備だと、本当に狼に食べられてしまうよ?お姫様」
「……!~~っ!?」
甘い色香を漂わせる低い声に固まるミーシャをソファーに下ろし、シャーロットがクツクツと喉を鳴らす。
「なるほど、君を黙らせるには今後はこうすれば良いのか」
「あわわわっ、ごめんなさい良い子にしますから勘弁してください!男装シャーロット様は素敵過ぎて心臓が持ちませんーっっっ!!!」
照れていても騒がしいミーシャがブランケットにくるまりながら顔を真っ赤にする様子に、やっぱり変な娘だと再び笑うシャーロットだった。
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