40人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
鼓動が早かったのは、怖かったからだ。
自分の体が別のものに変わっていくなんて、想像したこともない。実感は薄いのに、実際に起きているから不気味で怖い。走り出したのは紛らわせるためだった。
すれ違って行く人たちも、僕の手を見ている気がする。街中を駆けていくだけでも目立つから仕方ない。
今の僕の視界は月夜くらいに暗く、人にぶつからないようにすることに専念しなければならなかった。風邪を引いた時みたいな浮遊感。ひとつの光を目指して走る。
バーニアが僕の手を強く握る。
「バ、ーニア、い、痛い!」
手から鈍く嫌な音がした。折れたんじゃないか。止まって振り返ると緑に光る目に睨まれていた。
「何回も……呼んだ……」
「え……ごめん、聞こえてなかった」
追いかけることに夢中になっていたらしい。
幸い、手の骨は無事のようだ。
「お前の……足じゃ……遅い……。私が……先に行く……」
僕の手を握ったまま、バーニアは跳躍した。
混乱した視界に、夜のような街の全景が広がる。目指す光はまだ建物をいくつも越えた先にあった。
僕たちは建物の屋根に降り立つ。
「……どうした」
僕は肩を押さえてうずくまる。
「いきなり引っ張られて……肩がやられた……」
バーニアは鼻を鳴らす。
「立て……追うぞ」
「待って。バーニアの速さに、僕は追い付けるのか?」
僕は大通りを見下ろす。こんな高さを跳ぶ脚力を僕は持っていない。木登りでもここまで高く登ったことはないはずだ。
人々が僕らを見上げて指差している。さすがに目立ち過ぎた。
「力が……溢れて……手がそんなことに……なってる……。足に……力を入れて……なんとかしろ」
どうしろと言うのか。バーニアは僕に手を差し伸べた。引っ張ってはくれるみたいだ。
僕は足に力を込めつつ、彼女の手を取る。全身が緊張して構えている。
「行くぞ」
急激な負荷が体にかかった、と感じた時には、僕らは前方に跳躍していた。今度は肩を痛めていない。建物をひとつ飛び越えて、次の建物の屋根が近付く。迫る。
衝撃。
――なんとかできたようだ。痛みなく着地した。
勢いそのままに、前方へ。
マルシェの持つ鱗の光と、一気に接近した。
光は方向を変えて、細い裏道に入る。
「バーニア!あと二つ先の路地裏に入った!」
バーニアは屋根を駆ける。僕は引っ張られながら、必死に足を動かす。
「そこだ!」
光の真上から飛び降りる。
高い。胃が口から出そうな恐怖を押さえる。
着地と同時に、バーニアはマルシェに飛びかかったようだ。まだ視界は薄暗く、はっきりと見えない。揉み合いの音、バーニアの唸り声と、マルシェからも唸るような低い声が聞こえる。
マルシェから鱗の袋が落ちた。拾うと、眩しくて間近では目をあげていられない。魔力を抑えないと、この視界も手足も元に戻らないのだろう。
僕は再び、頭の中で夜龍を見上げることにした。
最初のコメントを投稿しよう!