行進曲

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 鼓動が早かったのは、怖かったからだ。  自分の体が別のものに変わっていくなんて、想像したこともない。実感は薄いのに、実際に起きているから不気味で怖い。走り出したのは紛らわせるためだった。  すれ違って行く人たちも、僕の手を見ている気がする。街中を駆けていくだけでも目立つから仕方ない。  今の僕の視界は月夜くらいに暗く、人にぶつからないようにすることに専念しなければならなかった。風邪を引いた時みたいな浮遊感。ひとつの光を目指して走る。  バーニアが僕の手を強く握る。 「バ、ーニア、い、痛い!」  手から鈍く嫌な音がした。折れたんじゃないか。止まって振り返ると緑に光る目に睨まれていた。 「何回も……呼んだ……」 「え……ごめん、聞こえてなかった」  追いかけることに夢中になっていたらしい。  幸い、手の骨は無事のようだ。 「お前の……足じゃ……遅い……。私が……先に行く……」  僕の手を握ったまま、バーニアは跳躍した。  混乱した視界に、夜のような街の全景が広がる。目指す光はまだ建物をいくつも越えた先にあった。  僕たちは建物の屋根に降り立つ。 「……どうした」  僕は肩を押さえてうずくまる。 「いきなり引っ張られて……肩がやられた……」  バーニアは鼻を鳴らす。 「立て……追うぞ」 「待って。バーニアの速さに、僕は追い付けるのか?」  僕は大通りを見下ろす。こんな高さを跳ぶ脚力を僕は持っていない。木登りでもここまで高く登ったことはないはずだ。  人々が僕らを見上げて指差している。さすがに目立ち過ぎた。 「力が……溢れて……手がそんなことに……なってる……。足に……力を入れて……なんとかしろ」  どうしろと言うのか。バーニアは僕に手を差し伸べた。引っ張ってはくれるみたいだ。  僕は足に力を込めつつ、彼女の手を取る。全身が緊張して構えている。 「行くぞ」  急激な負荷が体にかかった、と感じた時には、僕らは前方に跳躍していた。今度は肩を痛めていない。建物をひとつ飛び越えて、次の建物の屋根が近付く。迫る。  衝撃。  ――なんとかできたようだ。痛みなく着地した。  勢いそのままに、前方へ。  マルシェの持つ鱗の光と、一気に接近した。  光は方向を変えて、細い裏道に入る。 「バーニア!あと二つ先の路地裏に入った!」  バーニアは屋根を駆ける。僕は引っ張られながら、必死に足を動かす。 「そこだ!」  光の真上から飛び降りる。  高い。胃が口から出そうな恐怖を押さえる。  着地と同時に、バーニアはマルシェに飛びかかったようだ。まだ視界は薄暗く、はっきりと見えない。揉み合いの音、バーニアの唸り声と、マルシェからも唸るような低い声が聞こえる。  マルシェから鱗の袋が落ちた。拾うと、眩しくて間近では目をあげていられない。魔力を抑えないと、この視界も手足も元に戻らないのだろう。  僕は再び、頭の中で夜龍を見上げることにした。
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