夜想曲

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 震えていたのは妹のいびきだったらしい。家族横並びで寝ているので逃げようがない。  まだ夜中だというのに目が覚めてしまった。窓の月に誘われるように外に出る。  夜龍はまだ空を見上げていた。さっきの夢が気になって、僕は夜龍のところへ歩き始めていた。    夜龍の傍に立つ。  漆黒の鱗が月光に煌く。  あの空に、月に、星に、何を見ているのだろうか。  故郷、と言っていた。  夜龍の故郷とは、ここではないどこかなのか。 「ノックス」  声を掛けられて、僕は飛び上がった。振り返るとキャロルとバーニアがいた。 「こんな夜更けに出歩くと危ないよ」  バクバクする心臓を押さえてキャロルを睨む。 「そっちこそ、何してるんだ」 「眠れなくて村から夜龍を観察していたら、君がふらふらしててね。心配で付いて来たんだよ」  キャロルは微笑む。怪しい。彼女は夜龍を狙っているのではないか。研究が本物か僕には分からないのだし。  僕は後退してキャロルと距離を取る。  キャロルは笑みを崩さず首を傾げる。  じっと視線を合わせて…。  キャロルの表情が険しくなる。 「ノックス!」  キャロルが叫ぶ。  僕は身構えたが、背後から地面に押さえつけられる。  何だ?  目の前にナイフを差し出される。心臓が強く打つ。 「動くな。女、お前もだ」  頭が固定されてしまった。見えるのは、ボロ布を纏った男三人だけ。盗賊だ。 「おいデカブツ! 金の鱗をよこせ!」  盗賊は夜龍に言っているようだ。木々のざわめきで、夜龍が動いているのがわかる。 「魔法を使おうなんて余計なことは考えるなよ!」  僕は乱暴に踏まれる。吐くような声が出た。 「こいつを巻き込みたくないだろ?」  夜龍が鱗を剥がす音が響く。  こんな奴らに、渡したくない。抵抗しようと少しもがくと、顔を蹴り飛ばされた。  耳が、鳴る。意識が、揺れる。怒りと涙が込み上げてきた。歯を喰い縛る。  何かが落ちる鈍い音。星の鱗が盗賊たちの近くに置かれたようだ。 「ノックス! 待ってろ!」  キャロルの声。そして、彼女がいる方向から光。  盗賊たちはざわつき、動揺の声を上げる。僕を押さえる力が弱まる。顔を動かしてキャロルを見る。  微笑んでいる。彼女がこちらに向けた手が輝いていた。  いや、それより、手が人間のものではない。鱗を備えたその手は…。 「化けた龍がいるなんて聞いてねえぞ!」  キャロルの手から雷が放出される、と同時に、盗賊たちの周囲は薄い膜で覆われ、その雷は遮られて消え去った。  キャロルが目を見開く。驚いているようだ。 「おい! これ大丈夫なのか!?」 「知るか! とっととそれ持って逃げるぞ!」  盗賊が離れる。  僕は抑えていた怒りを込めて盗賊に飛び掛かる。 「おい! 鱗を置いていけ!」 「邪魔だ!」  組み合った盗賊の右手が僕の腹をえぐる。  衝撃と、激痛が襲ってくる。  鼓動が跳ねる。  盗賊は、僕の腹から、ナイフを抜いた。 「待、て……」  膝から崩れる。腹を押さえて、手に付いた血を見た。血はもっと赤いはずなのに、暗くて黒く見える。息が切れる。ズキズキと脈打つのに、目の前がゆっくりと消えていく。 「ノックス!」  キャロルの声を最後に、意識は夜に沈んだ。
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