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光を感じた。眩しくて瞑った後、じわじわと瞼を開く。
「ノックス! 良かった……!」
僕は心配そうな表情のキャロルを見上げている。彼女に膝枕されていると気付いた。
空は白んでいる。頭はぼんやりしている。
「何が……あったんだっけ」
「君は野盗に刺された。私の力では傷を塞ぐことしか出来なかったが……」
キャロルは夜龍の方を見る。僕も視線をそちらに向ける。
夜龍は眼を閉じて、俯いているように見える。微動だにしない。
「夜龍が君を助けた」
「……うん、聞いたよ」
夢ではなかったらしい。僕は夜龍との会話をキャロルに伝えた。
「故郷か……」
キャロルは難しい顔をしている。
「案内はしてくれるみたいだけど、心当たりある?」
「龍の誕生は謎なんだ。故郷となると、もしかしたら私が探している『龍の起源』に近いものかもしれない」
キャロルは微笑む。
「村を出る決心がついたようだね」
僕は彼女から視線を逸らす。
「出るつもりはあるけど……。大丈夫かな。家のこととか、夜龍のこと……とか、村に一旦帰らないと」
「それは任せてくれ。私に考えがある」
羽ばたきが聞こえた。キャロルは顔を上げる。僕も見てみたが、視線の先にはただ森が広がっている。羽ばたきは徐々に近づいてくる。バーニアが現れた。ボロ布を着た男と、星の鱗を足に掴んでいる。
「バーニア! 怪我はないか?」
キャロルの言葉にバーニアは甲高い声を上げる。
僕たちのそばに来て、男と鱗を地面に置いた。
「この一人でも大変だっただろう。良くやった」
頭を撫でられたバーニアは高い唸り声を出す。
「ノックス、君は野盗にさらわれたことにする。この男が証人だ」
キャロルは伸びている男を指差す。
「老いた夜龍は君を助けようとして力を使い果たした、と伝えるのは良いが…。新たな守り龍が要る」
龍……。僕はキャロルが魔法を使っていたのを思い出した。
「そうだ、キャロルって龍なのか? 野盗も言ってた」
キャロルは笑って、僕を膝から下ろす。
「龍の研究のために人から話を聞くには、人の姿が都合が良いんだ」
俯いた笑顔が少し寂しく感じたのは、僕の気のせいかもしれない。
「じゃあキャロルが代わりの龍に……?」
「残念だけど、私には私の生き方がある」
キャロルは夜龍を見上げる。
「夜龍が亡くなったとなれば、村は大混乱だろうし、一番怪しいのは闖入者の私だ。そこで、とりあえず私は、自分が龍であることを明かす」
「大丈夫なの?」
村人たちは排他的だ。他の龍という存在もかなり怪しむだろう。
「信頼を得るための、最も簡単で荒い方法だ。出来る限り使いたくはないけれど仕方ない」
彼女も覚悟しているらしい。
「龍として私は、村長に新たな守り龍を提案する。知己の相応しい龍を呼び立てよう、とね」
キャロルはバーニアを見る。
「バーニア、機械都市の向こう側、“堅牢な森の緑龍“を覚えているか?」
僕もバーニアを見る。
バーニアは黙ったまま、首を傾げている。
覚えてなさそうだ、と思った途端に、バーニアは威勢良く鳴き出した。ぎょっとする。
「よし、ノックス。最初の目的地だ。かの龍に会って、事情を伝えてくれ。頑固が奴だが、彼なら承諾してくれるだろう。それまでこの村は私が守る」
キャロルに見つめられ、僕はどぎまぎした。
でも、今の言葉。
機械都市。
堅牢な森の緑龍。
村の外への好奇心が、僕を駆り立てる。にやついてしまう。
「その意気だ」
キャロルは僕の肩を叩く。そして再びバーニアに視線を移す。
「バーニアにはノックスの道案内を頼みたい。そこでこの荷物を渡しておこう」
キャロルはバッグから巾着袋を取り出す。その袋から、小さな首飾りを出した。
バーニアの首にそれをつける。親指の爪くらいの大きさの水晶玉が光っている。
「さてバーニア、やり方は覚えてるね?」
バーニアは短く鳴いて、眼を閉じる。
水晶玉が輝き始める。
バーニアの全身が光り始める。光に包まれたバーニアの姿が変わっていく。翼は畳まれ、足は伸びて、頭が大きくなり…。
光は飛竜の姿から、人の姿へと変わった。
光が弾けて、少女が現れた。
僕より少し背が高い、赤い長髪に、赤いポンチョを着た“人間“の少女…。と言うには相違があった。
顎の部分に鱗の跡のようなものがある。緑色の目も人間のものより龍に近い。そして尻尾は龍そのまま、黒ズボンの隙間から出ていた。
「バーニアの力では、完全な変身はまだ難しい。この水晶は、バーニアの変身を助けるため、私の力を込めたものだ」
バーニアは自分の姿を見て、不満気な表情をする。
「また……失敗……」
バーニアはたどたどしく言った。
「そのうち出来るようになる。……男の子ひとりと飛竜というのは目立つから、これなら兄弟くらいに見えるだろ」
バーニアは僕を見下ろす。鋭い歯を覗かせたぎこちない笑顔が、悪いことを考えている表情に見える。
「私が……上」
もしかしてバーニアはあまり性格がよくないのでは、と思い始めた。
「バーニアの方が年上なのは確かだが……。ノックスをいじめるなよ」
ため息をついたキャロルは僕に耳打ちする。
「バーニアは意外と打たれ弱いから、優しくしてやってくれ」
僕が頷くと、キャロルは微笑んで僕たちを見る。
「そろそろノックスの両親が気付く頃だ。二人には出発してもらう」
キャロルは僕たちの背後に回って背中を押す。
「どんな旅も、一歩から始まる。今は振り返るなよ」
押された勢いで歩き出す。隣のバーニアは軽やかに進んでいく。
僕はキャロルを見ようとして、ぐっとこらえる。
一歩、一歩と踏み出して行く。
足が自分のものじゃないみたいだ。
夜龍――の亡骸に近づく。
今はもう、空っぽなのだ。
それなのに。
こんなに、こんなに大きかったのか。
足元は陰が深く、夜みたいに暗い。
見上げると星が煌めいた。
この龍の力を受け継いだ、という実感はない。
そもそもどうすれば使えるのか。キャロルに聞きそびれた。
数歩先を行くバーニアに寄って声をかける。
「バーニア、魔法ってどうやって……」
僕は言葉を切る。バーニアは唇を噛んで、涙を瞳に貯めていた。
気付かなかった。バーニアも不安なんだ。早足だったのも、黙っていたのも、耐えていたから。キャロルに見せないように。
悲しみを抑えきれない表情に、両親と妹を思い出す。急に足が重くなり、歩みが止まる。
振り返る。駄目だ。今は。
夜龍の唸り声が聞こえた気がして、見上げる。
進め、と言ったのかもしれない。
僕は夜龍の先、朝日が射す道を見る。
踏み出す。そうだ。今は。
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