「ゆ」

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 バスが大きな排気音を立てながら去っていくと、辺り一帯に静けさと夜が襲った。同時に、俺の体を潮の匂いの空気が覆った。  犬の遠吠え、虫の鳴く音、風の過ぎゆく音。  それらの音を打ち消すような大きな音。それは海鳴りだった。  近くにあると思われた海は、まだその姿を現さない。音だけだ。  だが、こんな夜の中、海を見ても仕方ない。それより、体を休める場所が欲しい。この海の町に宿があるのかどうかわからないが、道が広がる方に歩くことにした。どっちが北か南なのかわからないが、  海鳴りのする方へ、自然と足が向かった。  しばらく歩いていると、肩にかけている鞄が少し重いような気がした。気になって鞄を開けてみると、愛用している手帳や、タオル、キーホルダー等の中に、布でくるんだものがあった。丁寧に開けると、それは、折り畳み式の大き目のサバイバルナイフだった。少なくとも果物ナイフのようには見えない。  まさか・・と思って、月明りの下、ナイフをゆっくり開き、丹念に調べたが血のようなものは付いていない。  だったら、何のために俺はこのような危ないものを買い、そして、用意したのだろう?  記憶を辿っても思い出せない。だが、何かの役に立つと思い、再びナイフを鞄に仕舞い込んだ。
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