目と口

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 俺は、窓から目を離すと、通路を挟んでいる隣の席に何気なく目を移した。  さっきの臭い中年男が、俺を見ていた。  その目が、開いている・・  いや、目が・・開き過ぎだ。  その目は信じられないほど大きく、丸く、まるで巨大な魚眼のようになっている。しかも、車内の明りが反射しているせいか、光って見える。そして、その瞳孔は小さく、焦点を失ったように上下左右にと痙攣しながら動いている。  俺は、その大きな目に吸い込まれそうになった。目が離せなくなる。  すると、男がかぱっと口を開けた。かなり大きな口だった。だが、決して裂けるような開き方ではない。  大きく開くと、男の顔が、大きな丸い目と口だけになったように見えた。  男は口をパクパクと動かしている。顔全体が、大きな魚のようだ。白い唇の端から涎のような液体がつーっと流れ落ちている。  普通じゃない。  見てはいけない・・  あの顔を見続けると、俺もあんな顔になる。  俺の顔も魚のようになってしまう。  ・・そんな気がした。  俺は、くっ付いた磁石を引き離すように、顔を前方に向けた。  気を紛らすように車内の広告を読もうと努力する。  真ん前は、前の席の背もたれだ。かなり古いタイプのバスなのか、汚い灰皿が付いている。  前は空席だ。更に、その先には、中年の男女の頭が見える。  その斜め先方、運転手が寡黙にハンドルを握っている。
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