目と口

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 反対側の男は、まだ俺を見ているのだろうか?  そんな確認もする気が起きない。怖い。ただそれだけだ。  さっき見た異様な顔。あり得ない目の大きさとあんぐりと開いた口。  イヤなものを見てしまったな・・と思って、肩の力を抜くと、シートがガクンと音がして、少し後方に倒れ込んだ。古い座席にはよくあることだ。  シートを元に戻そうとしたが、リクライニングではないので取っ手もないし、元に戻らない。  やや倒れているが、寝るには都合がいい、そう思っていると、  次の瞬間、  俺は女のように「ひっ」と声を上げた。  前の席の上部、誰もいないはずの席から、むくっと顔が出てきたからだ。  それは、老婆だった。  その顔が皺だらけで、目が潰れたように細い。これほど醜い老女は見たことがない。  老婆が口を開いた。何かもごもごと言っている。同時に、口臭が漂ってきた。  さっきの中年男と同じ匂いだ。 「あんたもウミに行くのかい?」  何を言っているのか、聞き取りにくいが、  ・・お前も「海」に行くのか?  そう言っているように聞こえた。  返事をするのもイヤだったが、俺は「ああ」とだけ言った。  すると、老女は、 「海の町に着いたら、フロに入るといい」と言った。  風呂?  問い返す間もなく、老婆は顔を引っ込めた。  前の席でズルズルと背中を擦る音が聞こえた。  前の席は空席ではなく、小さな老婆が座っていたのだ。
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