149人が本棚に入れています
本棚に追加
/529ページ
反対側の男は、まだ俺を見ているのだろうか?
そんな確認もする気が起きない。怖い。ただそれだけだ。
さっき見た異様な顔。あり得ない目の大きさとあんぐりと開いた口。
イヤなものを見てしまったな・・と思って、肩の力を抜くと、シートがガクンと音がして、少し後方に倒れ込んだ。古い座席にはよくあることだ。
シートを元に戻そうとしたが、リクライニングではないので取っ手もないし、元に戻らない。
やや倒れているが、寝るには都合がいい、そう思っていると、
次の瞬間、
俺は女のように「ひっ」と声を上げた。
前の席の上部、誰もいないはずの席から、むくっと顔が出てきたからだ。
それは、老婆だった。
その顔が皺だらけで、目が潰れたように細い。これほど醜い老女は見たことがない。
老婆が口を開いた。何かもごもごと言っている。同時に、口臭が漂ってきた。
さっきの中年男と同じ匂いだ。
「あんたもウミに行くのかい?」
何を言っているのか、聞き取りにくいが、
・・お前も「海」に行くのか?
そう言っているように聞こえた。
返事をするのもイヤだったが、俺は「ああ」とだけ言った。
すると、老女は、
「海の町に着いたら、フロに入るといい」と言った。
風呂?
問い返す間もなく、老婆は顔を引っ込めた。
前の席でズルズルと背中を擦る音が聞こえた。
前の席は空席ではなく、小さな老婆が座っていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!