銭湯

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銭湯

◆銭湯  銭湯を出入りする老人たちの姿を視認できる所までくると、不思議なことに気がついた。  近くまで来ても老人たちの足音がしないのだ。靴を履いていないのではないか? そう思った。当然、老人同士の話し声も聞こえてこない。  それに加えて妙なのは、男たちの足のサイズが、異様に大きく、かつ、長く見えることだ。  更に目を凝らして見ると、老人たちは、大きなスリッパのようなものを履いているようだ。それはダイバーの水かきにも見えた。 にもかかわらず、足音がしない。あれほどのサイズであれば、ぺったんぺったんと音が鳴るはずだ。  異様に先が長い形の靴。これまで見たことのないものだ。  だが、今の俺は老人たちの足のサイズのことよりも、体を温めることの方が優先された。  急いで風呂屋の玄関に入り込み、暖簾を開けた。  中は、湯の匂いがし、たらいがぶつかる音が響き渡っていた。  俺は、子供のように感激し、タオルや石鹸を買い、脱衣場に入り込んだ。  暖かい。  銭湯の中は、ムンと湯気が溢れていた。体中の血液がきっちりと循環し始めたような気がした。  だが、次の瞬間には、体の温もりとは別に、背筋にぞっと悪寒めいたものが走った。  それは、脱衣をしている数人の客の様子だ。脱衣場には数十人の老人がいる。  だが誰一人、談笑するでもなく沈思したまま、黙々と服を脱いだり着たりしている。
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