四月

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 篠田直。  それが俺。  勉強は好きだけど、字を書くことが苦手。  何度も直されたけど、ちゃんと鉛筆を持つことが出来なかった。  ゆっくり書けば少しは読めるけど、俺の書いた字は俺ですら読めない時がある。  右手が少し歪だから。  パトロンの契約書にサインをする時に手が震えて下手な字が更にぐちゃぐちゃになり、読めなかった。「大丈夫ですよ 」と肩に手を置かれ、心臓がバクバクと音を立てていた。目の端に見えた俺の書いた字が余りにも汚くて、悔しくて情けなくて泣きそうになったけど涙は出なかった。  諸々の説明のあと、担当の先生に寮の部屋へ案内された。二人部屋なのだそうだ。  パトロンの人達と別れ四人で担当の先生のあとを着いていく。  俺達の部屋は二階で、一番奥から向かい合う形である四部屋が割り当てられていた。俺の同室者は笹岡彼方(ささおか かなた)さんというらしい。 「よろしく」  同室のひとがそれぞれの部屋の前で待っていてくれていた。頭を下げた俺にそう挨拶した笹岡さんは、とても優しそうな人で声も柔らくて聞きやすかった。 「どうぞ」と言われて入った部屋の玄関は広くて、靴を何足置いても大丈夫な気がした。 「とりあえず、荷物片付けようよ。手伝うし・・・っても、荷物無ぇよな」  そういうと、クスクス笑って俺をリビングに誘う。「こっちが、篠田くんの部屋」と、右側の部屋の扉を開けて俺の背中を押す。 「説明会で聞いたと思うけど、この部屋にあるものは自由に使っていいって。相澤さんから言われてる。それと、篠田く・・・直って呼んでいい?直の健康管理がオレの仕事」 「け、けんこう?」 「そう。もう少し肉つけた方がいいと思うぞ?」  そう言って笹岡さんは部屋から出ていった。  これから俺の部屋になるここは、ベッドとクローゼット、勉強机があった。  必要な物が揃っているこの部屋は、いままでのあの部屋から比べると勿体ないくらいだ。
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