脳ストライク2ボールおじいちゃんと一緒

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           一 大事な家族     操縦席の中、手は汗ばみ、プロペラの音が胸の鼓動を高ぶらせる。  震えを抑えながら右手にハンドル、左手には妻の写真が入った御守り。  目の前から黒い固まりの航空母艦が近づく。  サヨナラ…家族、友よ。  激突した時、赤い光と爆風を肌と目で感じた。    一九三五年、大阪に今で言うプロ野球チーム 日本職業野球、大阪野球クラブが発足し一九三七年に私(高橋和則)はプロ野球の道を歩み出した。  ピッチャーとしては自信は有ったが、ある人物を、この目で見るまでは…  東京巨人軍、沢村栄治だ。  とにかく球が速い!  才能と身体能力が私とあまりにも違い過ぎる。  私も、そこそこは活躍したが目立った成績は残せないまま過ごしていた。  翌年には、妻(春江)と結婚し長男(義男)が生まれた。  家族が増え、私は迷った。  このまま大好きな野球を続けるか、生活を守る為に田舎の故郷の長崎に帰るか…  春江は今の野球をしてる私を応援してくれた。  才能が無くても努力と野球の情熱で自分の生きる道を選んだ。    しかし、ある日、家に赤紙が来た。  召集令状だ。  春江から、「和則さん…必ず、帰って来て下さいね…」と三人で撮った写真が入った御守りを渡され、涙ながらに送り出してくれた。  一九四三年九月、兵役によりチームを離れ海軍航空隊に入営、軍隊生活が始まった。  しかし、私には仲間がいる、親友もいる、近くに家族はいないが家族が私の帰りを待っている。  しかし、戦争の状況は日に日に厳しくなっていった。  私の配属された部隊は特別に構成されていた攻撃部隊だった。  最初は志願者のみだったが状況が厳しくなり、周りにも声が掛かり始めた。  戦友だった仲間もしだいに特攻隊に行き帰らぬ人となった。  我が日本国の為なら命を捧げる気持ちは有ったが心の何処かで妻子持ちは免除が有り多少は安心しているところはあった。  しかし、私にも特別特攻隊の任務が訪れた。  私は家族の写真が入った御守りを握りしめ、戦闘機に乗り込んだ。    一九四四年一一月二日、太平洋沖 神風特攻隊にて命を絶つ。(高橋和則、二四歳 没)   二 奇跡    二〇〇〇年  福岡県久山町  高橋陸(一六歳)父親、義男と母親、小百合に一人息子の為か過保護に育てられダメ息子に成長。  何をやっても長続きせず、高校に入っても、部活にも入らず帰宅部。  取り敢えず高校だけは親からのお願いで仕方なく行っていた。  陸の高校は野球やスポーツで名門校だが誰でも入れる大明学園だった。  しかし、陸は学校の運動会や体育の授業で適当にやっていたが身体能力が凄まじく周りのサッカーや野球などの特待生組を寄せ付けない位の存在だった。  部活の誘いはあったが全てお断り!  学校が終われば親から、おねだりして買ってもらった四〇〇ccのバイクを乗り回す日々だった。  唯一の陸の理解者はバイクで一人旅のツーリングで出会った、加藤明美(一七歳)陸より一つ年上のボーイッシュな彼女。  七五〇ccで陸より大きい排気量のバイクを乗っている。  大型自動二輪の免許からバイク代まで自分でバイトし稼いでいる。  学校とバイトの忙しい時間を過ごしても友達に会ったり、陸と会ったりと充実した、学生生活を満喫していた。  陸は明美から毎回、人生の説教ばかりされウンザリだが、しかし明美ならどんな、馬鹿な事でも話せる。  決まって、その後は説教が待っているが…  明美は隣の街の高校に通っていて友達も多くリーダー的な存在だ。  陸とは全く性格が違うが陸の気持ち、淋しさを明美は、なんとなく感じていた。  陸は彼女とバイクだけがあればいい。   友達なんて必要ない!が陸の口癖だ。     両親は陸の育て方を間違えていたと思いつつも友達のいない陸を心配し過保護が辞められない。  だから明美の存在に両親は助けられていた。  義男は物心ついた時から父親が戦争で他界した為、親の姿や愛情が解らないでいた。  そして、ある日、警察から電話があった。 「高橋陸君の御両親ですか? バイクで転倒して大倉病院に運ばれてます。  現在、意識も無く危ない状態です。」  慌てて義男と小百合はタクシーを呼び大倉病院に向かった。  明美はICUの前に立っていた。 「すみません…私、陸君と一緒にいました。」  小百合は、「あなたが付いていながら…」  と目をそらした。  陸はICUに入ったまま意識が戻らず、医師からは、  「どうにか命の危機は脱しましたが、意識が戻る可能性は、解りません…。」 と言われた。  三人は無言のまま時間が過ぎ、沈黙が続いた。 小百合は、「何で明美さんは陸が好きなの?…いい加減でやる気もないし、親の私達でも理解不能なのに…」 「確かに陸は、チャランポランだけど、誰の悪口も言わない素直な所が好きなんです。 すみません…」 「私ね、ずっと共働きで、五年前に亡くなった、おばあちゃんに陸の事を任せてね、おばあちゃんには大変、助けられたわ…私達は陸が欲しい物があれば、何でも、  お金で解決してた気がする。」  三人はずっと陸の意識が戻る事を信じて待ち続けた。  陸は集中治療室で病状を監視しながら一週間が過ぎ、  そして、一一月二日…  小百合は窓の外を覗き、秋の寂しさで看病疲れでを感じていた。  その時、窓の外で、激しい強風が吹きあれ小鳥が一斉に飛びたった。  窓ガラスも揺れ爆風を感じる感覚で、陸の体が揺れ始めた。  陸の横に座っていた明美が慌ててナースコールを呼んで、小百合が陸の手を強く握った。  陸は小百合に応えるように、弱い力だったが握り返して来た。  強風は止み窓から赤い光が陸に差し込んだ。  陸の目が徐々に開いて周りを、ゆっくりと見回した。 「陸、お母さんだよ。お父さんも明美さんも居るよ!」  義男と小百合は喜びを抑えきれず、陸を抱きしめた。  担当医の鬼塚先生がやって来て、脈を測り、 「陸君、意識が戻りましたよ。もう、大丈夫です。」  と信じられない感じで喜びを伝えた。  明美も溢れ出る涙を拭きながら奇跡を喜びあった。
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