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Ⅺ 大捷
「エルフの矢を避けろ!当たると致命傷になるぞ!」
「避けろだって?蝸牛が投げられた石を避けられると思うのかよ」
人間とエルフの連合軍は寝静まっていたオークを襲った。
エルフの矢による牽制からの怒濤の槍衾にオーク陣営はうろたえるばかりだった。
殲滅兵器と化したアルダの矢に加えてのエルフ軍のミスリルの刃。月光を備えたその鋭さはオークを死神〈チェルノボグ〉の両腕へと送り続けた。
「一匹たりとも逃すな!松明を持った偵察兵は伏したオークらの動きを見逃すなよ!」
混乱を極めたオーク陣営だったが、呪われた低音の角笛が響くと整然と撤退を始めだした。
「公、オークどものあの動きは?」
「ハイ・オークの合図だ。オークたちはここから陣形を整えてくるだろう。
一同!ここでこちらも陣営を整えるぞ!」
「へっ、オークどももたいしたこと無いな。狼が跳び込んだ羊の群れかよ」
「油断しないでよ。公が言ったように、ここからが本番なんだから」
「わーってるよ」
「公。ここまでは上々ですかな」
「初撃は成功した。ここから慎重に事を進めなければならない。
幸い被害は負傷程度で済んでいるが、この先、死者も出てくるだろう。
エルフ諸氏は、その覚悟はお有りか」
「愚問!戦場で逃げ出すような輩は儂が斬って捨てますわい」
「頼もしい」
コルニはサイルウェグの壮語に微笑む。
「公。ここは騎兵に明かりを持たせ、相手が陣形を整えるのを撹乱したほうがよいのでは?」
「カラド殿。タウリカ半島は我らが庭であり、地形も把握しているが、オークがここら一帯を支配してから、ここまで攻め入ったことは初めての経験である。どんな罠を構えているか分からない。
また、騎兵は突発力に長けるが、その反面防御に弱い。オークどもの逆襲で虎の子の騎兵を失うことはなんとしても避けねばならない」
「そうでしたか…。戦の道に関しては素人の私が子供じみた提案をしてしまいました。お許し願いたい」
「何の。ルーシ国の祖リューリクが蛮族ヴァリャーグを討ち果たした契機は子どもの何気ない一言であった」
「ほう。今は戦場に在るが、それはどんな一言であったのか、ご教示願いたい」
「ヴァリャーグどもの襲来の報を受けてリューリクは陣を構えていたのだが、そこにまだ七歳であった息子のイーゴリも連れていた。黎明の最中、朝方に鳥が飛ぶ理由を王子が父王に尋ねたことで、ヴァリャーグの襲撃を看破し、反撃を加え一網打尽にすることができたのだ」
「アナタ方の歴史もなかなか興味深い。この戦が終わったら、ぜひルーシ国の歴史を教えていただきたいものだ」
「こちらこそ、アヴァリ国の歴史を教えてもらいたい。諸国の歴史書を集めてはいるが、いかんせんエルフ語で書かれたものはなかなか読みにくいのでな」
「もちろん」
エルフと人間の種を越えた友情が育まれているのを見て、老僕は微笑んだ。
「言うまでもないが我々は今、人間どもに攻められている。しかも、エルフの枯れ木どものおまけ付きだ。
彼奴らの勢いを見るに、これを最終決戦とする気なのだろう。勢いに呑み込まれぬようにせねばならない。
こちらの陣形だが厄介なアルダの矢を防ぐために楯隊を前に出し…」
「うへー、勘弁してくれよ。今夜は奴隷で楽しんでたってのに。
いっそのこと逃げちまうか?なぁ、星の」
「逃げたらハイどもに殺されるぞ。くっちゃべってないで指示を聴け」
「へいへい…ちょっと待て、俺、楯隊なの?うげぇ、死ぬ確率高くなるじゃねえか」
〈俺は槍隊に配置されたか。隙を見て、戦線を離脱しなければ。…ダリア、上手く逃げられただろうか〉
血塗られた長い剣の夜は喧噪の中、更けていった。
「敵陣形は楯隊を前に出して固めたか。予想通りだな」
「オークの勇猛さを考えれば真っ当ですな。して、こちらは?」
「変則的な戦術で望みたいところだが、急ごしらえの当方ではそれもできまい。こちらも真っ当に横に戦列を伸ばして、敵を包むような形で陣形を取る」
「それで勝てますかな。オークどもの押しの強さで中央部が破られてしまうのでは」
「作戦はある。カラド殿!」
「なんでしょうか」
「オークの陣形を細切れにして包囲殲滅を図りたい。作戦としては、まず騎兵を率いる貴公と私でオークを分断させる」
「心得ました」
「次に貴公の騎兵でオークどもを歩兵の網の中に追い立てたら、それを閉じて殲滅に加わって欲しい。私は攻め寄せてくるオークを牽制する」
「歩兵隊の中央部に配置する人員が重要ですな。そこの指揮は誰に?」
「そのことだが…こちらから指揮者を出したいところだが指揮を任せられる将兵はモスクフ国との国境に送っているため、任せられる人材が居ない」
「ふむ」
「この作戦で中央部は重要かつ危険だ。そこの指揮をサイル翁、あなたに頼みたい」
「!ほう…」
「おい、ちょっと待て。そんな危険な所にサイルじぃを送り込むのかよ。
エルフだからって捨て駒にしても惜しくはないってか?」
「それは…」
「黙っしゃれ。洟垂れ小僧の分際で。この御仁がそんな浅はかな考えを持っていると思うてか」
「だってよ…国には、ばぁちゃんが帰りを待ってるんだろ」
「ふん。こんな子どもに心配されるとは、儂も衰えたもんじゃ。トロル討伐で儂が勇名を轟かせたのを忘れたか?」
「だってそれ何百年も前の話じゃん」
「今でもあのころと何も変わってはおらんぞ」
「…ガドロン殿の言うとおり中央部は非常に危険だ。カラド殿がこの決定に納得しないのなら、中央部の指揮は私が行おう」
「殿下、いかがしますか。儂は全く構いませんぞ」
カラドは目を固く閉じる。
「サイル、頼めるか」
「無論!」
「カラド!」
「ガドロン。言いたいことも分かるが、これが最善の策だ。
サイル、そなたの妻の涙など見たくはないからな。必ず生きて国に帰るぞ」
「承知」
「そなたを祖父と慕い、そなたに褒められることだけを考えて戦の手習いをした子どもの涙もだぞ!」
「ほっほっほ、これは王族教育係の最上の誉れですな。
安心召されよ、トロルに比べれば、子犬ほどの大きさのオークなどに遅れは取りませんわい」
「感謝する。これで、この戦は九割勝ちが決まったようなものだ」
「勘違い召さるな」
「?」
「儂が作戦の要を担った以上、勝利は完全じゃ」
「頼もしいご老公だ」
「作戦は決まりましたな。公、ひとつお願いがあります」
「なにかな」
「公の率いる騎兵には、エメルを伴いください。目端が利き、トロル討伐ではかなり働いておりますから臨機応変に対応できるでしょう。エメル、良いか」
「良いも何も私がカラドの命令を断れるわけ無いでしょ。
公、必ずや役に立ってみせます」
「ありがたい」
「エメル大丈夫か?」
ガドロンが心配を隠さない表情で、エメルに問いかけた。
「あら、私はあなたに心配されるほどヤワだったかしら?私のことより自分の心配をなさいな」
「む…」
「各々、配置へ着かれよ」
「相手は兵を横に並べたか。相手に囲まれないように気をつけなければ」
「おい、何ぶつぶつ言ってんだ」
「お前には関係ない。それより指示をちゃんと聞け」
「んだよ。お前さっきから何様のつもりだ?」
「そこ!私語を慎め!
相手の陣形を破るには、こちら側の勢いが重要なのだ。足並みを崩すと、奴らに殺されるから勝手な行動はするなよ」
「へーい。星の、お前のせいで怒られたじゃねえか」
「……」
(混戦となった時に離脱だ。上手くワーグを奪えたら良いが…)
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