Ⅻ 女騎士 ダークエルフと出会う

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Ⅻ 女騎士 ダークエルフと出会う

ジルカの家。 ダリアは心優しきオークと別れてから、ベッドの上で膝を抱えてうずくまったままだった。 「…このまま落ち込んでいてもしょうがないか」 ダリアは伸びをして気持ちを入れ替える。決意した目は赤く充血していた。 手早く、自分の武具を身につける。戦場からそのまま運び込まれたわりには小綺麗であった。ジルカが自分の知らないところで手入れをしていてくれたようだ。 「あの阿呆。余計な気遣いをしおって」 すでに戦の端緒は開かれているはずだが、鬨の声や、それに類するものは何も聞こえず、周囲はただただ閑かだった。 「逃げろと言っても、どこにどう逃げればよいのだ。あの馬鹿、最後の最後で気が利かない」 悪態を付いてみても、それに応えるあの低い声は無い。そのことが改めて寂しさを募らせた。 「月があちらに傾いているから、北はあっちだな。とりあえずそちらに行くか」 戦場に出払っていないオークが居るかも知れないと気を遣いつつ故国の方角へと歩みを進めた。 静閑、の一言に尽きる世界。近くで人間対オークの生存を賭けた戦いが起こっていることなど全く感じさせない雰囲気だった。 それでも天空にかかる月を見上げると胸が騒いだ。月が血なまぐさい戦いを見て、魔性を帯びだしているからかも知れない。 ─そなた何者じゃ? 背後からの不意の声に身が強張る。 しまった。警戒しながら歩いていたのに。 禍々しい月に呑まれた自らを呪った。 「何者かと訊いている。それとも何か?オークに囚われ、喉をつぶされた哀れな奴隷か?耳は聞こえておるのだろう。こちらを振り向いてくれても良いではないか」 恐る恐る振り向き、慮外の誰何者に驚く。騎乗したその者は─ 「貴様は」 「やはり聞こえておったか。それに話せるではないか。  む、そなた奴隷か?にしては身なりが整っているような。もしや人間どもの偵察か?」 「エルフ…?それにしては、肌が玄い…」 「初対面の貴婦人に対して、失礼じゃの。まぁ、ダークエルフなど千年ぶりの存在じゃから戸惑うのも無理はないか」 「ダークエルフ…そうか、貴様がジルカが言っていたエルフか」 「ジルカ…星。まさか、あやつのことか?」 「……」不用意にジルカの名前を言ってしまったことを後悔した。 「まぁいい。私には最早どうでもいいこと。お姫様の鳥の巣が壊される前に去ぬるとするか。いや、あの燕は鷹さえ喰らう化鳥かな」 「何を言って…!」 ダークエルフの彼方、三里ほど向こうにオークの群が見えた。それは暗闇の中で巨大な虫のように蠢いていた。 「奴隷どもを全員、化け物に変えるのを手伝うのは骨が折れたが、まぁ、これでコルニとやらも終わりだろう」 「貴様!無垢なる我らが同胞をオークに変えたのか!」 ダリアの叫びにダークエルフが目を細めて、興味深げに微笑んだ。 「そなた、オークの秘事を知っているのか。興をそそられるな。名は何という」 「…ダリア・リュボスラーヴァ」 「なかなか美しい名じゃの。名付けた親に感謝するといい」 「親の顔など、見たこともないわ」 「ほ。これは気に障ることを言ってしまったかの。妾の名はポヴィヤ。不快にさせた詫びに、ここは見逃してやるから、さっさとそなたらの軍の元へ戻るといい」 「言われなくとも」 ダリアは走った。早くこのことを伝えなければ。 「行ったか。その努力が報われるといいがの」 馬の頭を巡らせ、戦場と違う方向に去ろうとした瞬間、ポヴィヤは顔をしかめた。 「この気配。まさか─」 砂粒よりも微かな気配。しかし心臓を掴み揺さぶるのに十分なその気配に、ポヴィヤの顔は歪んだ。 「来ているのか。カラド」 そのつぶやきは、悲しげな響きを持っていた。
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