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XVII 女騎士 新たに出発す
どれくらい泣いていただろうか。
尽きることはないと思っていた涙も枯れようとしていた。
泣きはらした目で改めて短く長い時を共に過ごした連れの顔を眺めた。
苦しみの表情のように見えたが、微笑んでいるようにも見えた。
死が救いとなる人生とはどれほどのものだったのだろう。
今となってはもはや訊く術を持たないが、ジルカの耳元に口を近づけて囁く。
「実は私は絵本の続きを知っていたんだ。
今、絵本の続きを教えてやろう。
星と月と太陽を食らいつくした“犬”は世界を暗闇にしてしまったことを後悔するんだ。
それで、食べたものをすべて吐きだして世界を元に戻すんだが、それによって“犬”は餓えで死んでしまうんだ。
“犬”はそのまま夜空に残り続け腹の中に残った太陽の火が“犬”の体を燃やし続けた。その体は今、青星(シリウス)と呼ばれている。
そう、“犬”は星(ジルカ)になったんだ。あの時、この続きを言えなかったのはお前が遠くに行ってしまうような気がしてな。
今となっては、このことを言えなかったのが心残りだよ。すまなかった」
ダリアは天を仰いだ。
天上には青い星がただ一つだけ見えた。
オークとの戦いに終止符が打たれ、連日連夜祝勝の祭りが続く首都キーイフ。
夜明けを迎えようとする空の下、一人の女騎士が静かに門を出た。
「ダリア。本当に行っちまうのか?」
「ああ。太子の命令で私はもう、ここには居られないからな」
悲しげな目をする門兵にダリアは苦笑して答えた。
「太子はああ言ってるし、お前を裏切り者と言う奴らは大勢居るが、俺はそんなの信じてねえぞ」
「ありがとう。その言葉だけで救われるよ」
「あんなに太子と仲良かったじゃねえか。タウリカの方なんて行かずに近くの村に住めばいいだろ。きっと、そのうち太子は許してくれるさ」
「いいんだ。もう決めたことだ。私が近くに居ると太子もつらいだろう」
「うーむ。意志は固いようだな。
落ち着いたら知らせてくれよ。お前を慕っている奴らだって大勢いるんだ。
何か困ったことがあったら、すぐに助けに行くからな」
「ああ。また、いつか会おう」
ダリアはいつまでも手を振り続ける門兵を背に独り歩き出した。
行く先は決まっている。
ジルカとの思い出の家だ。
ジルカを埋葬のため、遺体を運ぶソリを作ろうと森へ入り、戻ってきたらジルカはどこにも居なかった。
辺りを探し回ったが野犬や狼に食い散らかされた跡すら見つけられなかった。
ジルカはもしかしたら生きているかも知れない。
そんな予感がした。
薄情にも私を残してどこかに行ったのかも知れないが、あいつは必ずあの家に戻ってくるだろう。
あいつが帰ってきたときに、いつでも迎えられるようにあの家に住むことにした。
幸い、あいつが残していった本が沢山ある。
すぐにでも、あの日の続きができるようにこちらも準備をしておかなくては。
天空の王になかなか座を譲らないジルカ〈一つの星〉が彼女を見守るようにいつまでも輝いていた。
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