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Ⅶ 木〈アルダ〉と泥〈ブルド〉
王都キーイフ近郊の森。
いつもは静かなその森は、今は剣戟の音と怒号が木霊していた。
「どうしたぁ!そんなんじゃオークの豚どもを駆逐できねえぞ」
ガドロンが青白い顔をした相手を容赦なく弄(なぶ)る。
「くっ…はぁ…はぁ」
「もう息が上がってんのか?誉れ高いエルフがそんなんじゃ泥人形どもに嗤われるぞ!」
何度目かの交剣の後、ついに相手が倒れ伏す。
「なんだ情けねぇな」
「あら、アナタだってサイル翁に鍛えられる前は似たようなものだったじゃない」
「余計なこと言うなよエメル。大事なのは今だよ、今」
「そうね。じゃぁ、次は私と一手お相手お願い出来るかしら」
「お前と…」
「あら、怖いの?」
「こ、怖くねえよ!よし、じゃあ来いや」
「ふふ、行くわよ」
兵舎として借りた森は、同時に教練場へと姿を変えていた。
「ふむ。若い者が活発に汗を流しているのは見ていて気持ちの良いものですな殿下」
「良く言う。そんな中で一番汗を流しているのは他ならぬお前ではないか」
「そうですかな?こんなのは準備運動にもなりませぬわい」
「あまり無理はするなよ」
「承知。
こらぁ!休む暇など無いぞ、早くかかってこんか」
数人のげんなりした顔の兵士たちに向かって怒号を浴びせるサイルウェグにカラドは苦笑する。
数時間の調練の後、休憩に入ったとき一台の馬車と数台の荷馬車がやって来た。
「精が出ますな」
「コルニ公!」
「あなた方へ渡す物資です。長引く戦乱のせいで十分なものを支援できないが、これでどうかお許し願いたい」
「いえいえ。わざわざ公が来てくださるとは」
「貴公らが訓練していると聞きましてな。エルフの訓練とはいかなるものか興味があった」
「生憎今は休憩中ですがどうぞ、ご覧ください」
「ふむ…なかなか精強のようですな。あなた方と共闘できるのがとても心強い。
む…」
コルニの視線がフォスの腰に留まる。
「どうされましたか」
「その佩剣は…」
「さすがにお目が高い。この剣は宮廷付きの鍛冶師に創らせたものです」
「見させていただいても?」
「どうぞ」
抜きはなった刀身は片刃で全体的に反っていた。
色はほのかに青白く、鐔元には壮麗なエルフ文字が彫られていた。
「さすがだ。ドワーフの業物に勝るとも劣らない」
「レーヴァテインと名付けました」
「英雄神ペルンが巨人の首魁ゴリアテの首を斬った剣と同じ名前か」
「よくご存じで。
そうだ。どうです?一手、お相手願えませんか。王子である私に遠慮してか、誰も相手にしてくれず、手持ちぶたさなのです」
「…了解した。おい、刃引きした剣を二本持ってこい」
カラドとコルニの模擬戦に、兵たちが自然と取り巻きを作る。
両手で剣を持ち、右に流す構えのカラド。
右手で剣を持ち、特に構えないコルニ。
「構えないのですか」
「戦場では構える暇があったら敵の首を掻かねばならない。戦の庭で遊び続け、この構えに落ち着きました」
「なるほど。勉強になります。それでは、こちらから行かせていただく」
地を蹴り、一瞬で間を詰めるとコルニの首元へ刃を切り上げる。
「っつ」
避ける仕草を見せたところですかさず剣を下ろし、足を狙う。
コルニは足を浮かせて避け、反動を利用してカラドの胴を蹴飛ばす。
「くっ」
ひるんだところで追いかけるように左右から斬りつける。
「これは…!」
コルニは防戦となっているカラドの頭へ左の拳を発射させる。
飛び下がり、かろうじて避けたものの、その右頬には紅が一筋。
「剣術だけではなく、体術も心得ているとは」
「武芸十八般。戦場で勝つためにはあらゆる術を学ばなくてはならない。
有象無象の武術を学んで今の形になったのですが、父からは王者の剣ではないと何度も叱られています」
「個人の感覚や才能に頼るエルフと違って、人間たちは武の術を生み出し、体系的に受け継がれていると聞いています。その流れの果てに公が居る。
今度、私も習ってみたいものです」
「そうですな。機会があれば是非─では、次は私から行こう」
コルニは森全体が震えるかと思うほどの大音声を上げ、猛牛のごとくカラドに突進する。
「おいおい、やべぇよ。これ、カラド負けるんじゃないか?」
「人間だと思って侮っていたけど、これはマズいわね」
コルニの猛攻は休むことなく続き、刃引きされていながらもカラドの体や鎧には無数の傷が付いていく。
兵士たちも同様の不安を抱いているようで、二人の決闘を固唾を呑んで見守っていた。
カラドの顔は明らかに苦痛にゆがんでいた。
このままカラドが負けてしまったら…。
エメルが柄に手を掛けた瞬間─
「アナタたち、何をなさってるの」
静かな熱気に包まれていた場に冷や水をかけるような女性の鶴声。
見るとドレスを着た艶やかな装いの女性が数人こちらにやって来ていた。
その中でもひときわ目を惹く、小柄な体を錦糸の衣服で包んだ、やや垂れ目の女性。
「母上。何故、このような所に」
コルニが決闘も忘れ、慌てて駆け寄る。
カラドは事態がつかず困惑した表情を浮かべながら荒い息をする。
「アナタがカラド殿下を呼んできて下さるのを待っていたのに、いつまでたっても来ないからわざわざ来ましたのよ。
そうしたら、何て野蛮なことをしていますの?」
堂々たる体躯の男が小柄な女性に叱られ、ばつが悪そうに頭をかいている光景は、ほほえましくもあり、滑稽でもあった。
「公、そちらのご婦人は」
「ああ、紹介が遅れました。こちらは─」
「コルニの母で、オリガと申します。以後、お見知りおきを」
「コルニ公の母上…女王陛下であらせられますか!」
カラドが驚いて跪拝しようとする。
「いいのいいの。そのままでいて頂戴」
「しかし…」
「まぁ、お顔にケガが。コルニ、お前のせいですね」
「これは、その…」
「言い訳はよろしい。どうしてアナタは客人を呼ぶだけの簡単なことも出来ないのですか」
「陛下、決闘を申し込んだのは私なのです。公はそれに応じたまでで」
「殿下は噂に違わずお優しい方ですね。でも、言い出したのはアナタでも応じたのはコルニです。だからコルニが悪い」
オリガの強引な論法にカラドは苦笑した。
「早く傷の手当てを致しましょう。そこの女エルフさん」
「私…ですか?」
「他に女のエルフが居て?殿下をしばらく借ります。夜にはお返ししますから、いいですね?」
「は、はい」
「はい、決まりました。それでは私の応接間へ行きましょう」
「私はまだ兵たちとの訓練が」
「早く。女性を待たせるものではありませんよ」
そう言うとオリガは取り巻きの女性たちを引き連れ、馬車へ乗り込んだ。
カラドは思わずコルニを見た。
「済まない。母はいつもこの調子なのだ。このまま残って訓練をして貰っても構わないが。一緒に来てくれると正直助かる」
カラドはエメルたちを振り返ったが、嵐のごとく来て嵐のごとく去っていったオリガの衝撃にただ呆然としているようだった。
「…これは、行くしかないようですね。サイル!」
「はっ」
「今から女王陛下のご招待にあずかる。後のことは任せた」
「了解致しました」
「さ、行きましょう」
「面倒を掛ける」
王城の奥。普段は男子禁制の場でカラドを出迎えたのは、にぎやかな嬌声だった。
「これがエルフの貴公子のお顔。先日は遠くだったからよく見えなかったけど、近くで見ると本当に綺麗ねぇ」
「まるで伝説の名工アテノドロスの彫刻みたい」
無遠慮に顔を見てくる貴婦人たちにカラドは微笑んで応えるしかなかった。
「元気なご婦人方ですね」
「つくづく済まない。最近は戦乱続きで明るい話題に飢えている者たちばかりでな」
「あら、アナタがさっさとオークを討伐していれば、今のような状況にはなっていないのではなくて?」
「む…」
“黒鬼”とも謳われる黒太子コルニも母親の前では形無しだった。
「エルフの王子さま、これを」
十代前半とおぼしき少女が、カラドに一輪の花を捧げた。
「これは?」
少女は問いかけに応えず、オリガの後ろに隠れてしまった。
「これ、失礼でしょうドルヤ。きちんとご挨拶なさい」
ドルヤと呼ばれた少女は、はにかむのみで終いにはオリガのスカートに顔を埋めてしまった。
「一番下の妹のドルヤだ。十歳をとうに超えたというのにいつまでも甘えたがりで」
「ドルヤ…」
「花は…リリヤだな。そうか、もうリリヤが咲く頃になったか」
「綺麗な花ですね。ドルヤ、ありがとう」
カラドが笑顔を向けると、顔を真っ赤にしてオリガのスカートへさらに顔を埋めた。
「気を悪くしないで貰いたい。男と言えば私や家族・一族の者としか会ったことが無いのでな」
「恥ずかしがり屋なのですね。私の幼い頃を思い出します」
「ほう」
「聴きたいわ。殿下の子ども時代のこと」
「母上」
「少しくらい、いいじゃないの」
「構いませんよ。この場に招待してくださったお礼に、私の子ども時代の話で良ければしましょう。
何から話しましょうか…私は活発だった姉のフレイヤの後ろにいつも付いて回る子供でした。だから、姉が居ないと何も出来ない子供でもありました」
「ふむ。姉の居ない私にはよく分からない話だ。
そういえば、エルフは永遠の命をペルン神からもらったと聞いているが、殿下は今おいくつで?」
「そう言えば今、何歳だったかな。エルフは成人した後は年齢を数えるのを止めるので何歳なのか分からなくなります」
「エルフの成人年齢は?」
「季節が三十回巡った時に成人を迎える仕来りになっています」
「人間で言えば三十歳か。となると、私より遙かに年上に…いや、父上の年齢も超えているのか?」
「…そう言えば、貴国の王が私の成人の儀に来てくださったのを覚えています」
「名前は覚えておいでか」
「確か…コルシュニドニ王だったかと」
「コルシュニドニ…私の高祖父ではないか!とすると、殿下は二百歳近くに」
「そんな年になりますか」
「ふーむ。二百歳には全く見えない。いや、驚いた」
「エルフの生は永遠であるが故に、いたずらに年齢を重ねるばかりで、一向に精神が成長しません。お恥ずかしい限りです」
「おっほん。アナタたち、殿方同士で会話ばかりしてどうしますか。ここは男子禁制の苑。本来は入れないところなのに私が呼んだおかげで入れたのですよ。どうして私たちとお話ししないのですか」
「これは失礼をしました。女王陛下」
「オリガと呼んで頂戴。さ、そんな無骨な者の隣に座っているのがいけないのです。
こちらへいらっしゃい」
「では、失礼して。そういえば、オリガ様は昨日の謁見の際には姿を見せておりませんでしたね」
「ええ、最近は体調が良くなくてね。失礼とは思いながらも、昨日は床に伏せておりましたのよ」
「それは…」
「良いのよ。気にしないでちょうだい。エルフのあなた達から見れば、私たちは遙かに短い命だもの。そんな命を惜しもうなんていう気にはならないわ」
「母上、そのようなことを言われては困ります。ただでさえ、オークとの戦乱で民草は意気消沈しております。そんなところに、国母たる母上が崩御したとなれば…」
「お黙りなさい。そんなことを心配するくらいなら、早くあの憎きオークどもを討伐なさい」
「お母様…」
ドルヤが泣きそうな表情でオリガへと近寄る。
「そんな顔しないで。王族の一員たる者、軽々に表情を出すものでは無いわよ」
「……」
ドルヤはなお不安げな表情を隠せず、オリガに抱きつく。
オリガはそんなドルヤの頭を優しく撫でた。
「オリガ様、これを」
フォスが腰に付けていた袋より乾燥した草を取り出す。
「これは?」
「我が国にのみ生える薬草アスェラスでございます。煎じてお飲みください」
「そのような霊草、よろしいのか。貴国では、みだりにエルフの物を与えることを禁じていると聞くが」
「確かに同胞以外にアスェラスを与えることは禁じられております。
しかし、私は是非これを使い、オリガ様には元気になって欲しい」
「ありがとう。感謝するわ。早速、飲ませていただこうかしら」
オリガは侍女に服薬の準備をさせた。
「…意外と苦くないのね。いえ、それどころか微かな甘みさえ感じる」
「我が国ではをアスェラスを薬湯に使うこともありますよ」
「へー。あら、なんだか元気になってきた感じがするわ。殿下、もっと貴国のことについて話して頂戴。エルフと人間、国交が一応あるとは言え、あなた達はミステリアスな存在なのですからね」
「はは。せっかくのお招きです。何なりとご質問ください」
男子禁制の間で、談笑は夜になるまで途絶えることは無かった。
「今日は迷惑を掛けた。また、アスェラスのこと心より感謝する」
帰りの馬車の中、コルニは深く頭を下げた。
「いえいえ。エルフと人間があのように談じるなど、滅多に無いこと。とても楽しかったです」
「そう言ってもらえると気が幾分か楽になる。母はああいった性格だから、これからことあるごとにアナタを誘うかも知れないが無視してもらって構わない」
「なかなか楽しいお方ですね。御母堂は」
「エルフの言いではないが、いつまで経ってもあの調子だ。すでに五〇を過ぎているというのに」
「少し…いや、とても羨ましいです。エルフの家では親子の中はあまり密ではないですから」
「羨ましいと言われたのは初めてだな。
…気になっていたのだが、殿下は我々“泥人形”たる人間に分け隔て無く接している。“木の聖人”たるエルフの、ましてや王族たるアナタがそのような態度を取ってくれているのは何故だ」
「ペルン神は木〈アルダ〉よりエルフを創り、ベロヴォーグ神は泥〈ブルド〉より人間を創り出したという神話に基づく呼び名ですね。まぁ、主にこんな呼び方をしているのは我々エルフですが」
「殿下のその態度が気になるのだ」
「些細なことが気になる御仁だ」
「些細かな?少なくとも、殿下の連れたちは我々を“泥人形”と蔑視しているようだが」
「やはり、感づいておられましたか。
部下たちが不快な思いをさせてしまって申し訳ない」
「いや、彼らの方がエルフとしてはまっとうな反応だろう。特に気にはしていない」
「…公が疑問に思うとおり、私がエルフも人間も、もちろんドワーフも平等に扱う考えは異端と言えば異端でしょう」
「でしょうな。エルフは誇り高い民で、常に他の民族を下に見ている」
「その傲岸さは我々の良くない所です。
そうですね。私がこのような平等であれかし、という考えを持つに至ったのは姉の影響なのでしょう」
「御令姉の…よく話に出ますな」
「私にとってこの世で最も大事な人でした。あまりにも仲がよいので、『結婚したら?』などと周囲に言われる始末で」
「確かエルフの法では純血を守るために近親婚が認められているのでしたな」
「公は我らのことをよくご存じで。
でも、近親婚が行われていたのは、私の祖父が生まれるよりも遙かに昔の時代です。それこそ、初代上王イングウェの時代まで遡らなければならないほどの。法は立法してすぐに有名無実化し、冗談でしか言われない程度です」
「こう言っては何だが、御令姉は“開明的な”方だったようで」
「姉はよく言っていました。この世に生まれた存在はみな序列という仕組みに組み込まれていて、我々がその最上位だとはエルフは言っているが、そんなことはないと。
人には賢愚、得手不得手、様々な差があるだけだ。尊敬されて良いのは自ら高みに登ろうとする者であって、存在しているだけで尊敬される謂われはない、と」
「ほう…」
「フレイヤがどうしてこのような考えを持つに至ったのか、そこまでは知りません。書物を読むのが好きだったから、何かに感化されたのかも知れません」
「まさか私と似た考えを持っているエルフがこの世に居ようとは思わなかった」
「公も“開明的”なのですか?」
フォスはからかうように笑った。
「私の場合、御令姉のように人間、エルフ、そしてドワーフを含め一切平等の考えまではいかない。いかない、が身分とはなんだろうかと考えることがある」
「身分…」
「元服して、初陣を飾ったのは十五の時だ。爾来、常にこの身を戦場に置いていた。『馬上少年を過ぐ』というやつだ。
戦場という修羅の巷で様々なことを学んだが、その中で一番重要なことは誰にでも平等に死は訪れるということだ。貴族だろうと農民だろうと、善人だろうと悪人だろうと。
そして、兵としての強さに身分がさほど関係ないことも識った」
「……」
「私は強い兵が欲しかった。だから創った。身分問わず、強い者、優秀な者に騎士の身分を与えた」
「それは素晴らしいことですね。本来、貴族の子弟しか成れない騎士の身分を氏素性に関係なく与えるとは。周囲からの反発も相当あったことでしょう」
「今でもある。何を隠そう父と母からの反発が一番強かったな。
モスクフ国との戦で私の部隊が大戦捷を上げてから批判の鳴りは少しは収まったが」
「そう言えば、他の人間国はどうしているのですか。対オークで人間国同士協力して当たるべきなのに、みな静観の構えだ」
「我がルーシ国は三代に渡って領土拡張を国是としてきた。そのせいで周囲からは反感を買っている。
奴らはオークとの戦争で国力が疲弊しきった所で奪われた領土を取り返そうとしている。だから、オークとの戦争が終わっても次は人間たちとの戦いが待っている」
コルニはやれやれというように肩をすくめた。
「人間の世界というものは大変ですね。エルフは翡翠のアヴァリ国と白銀のエルダール国、そして灰のシンダール国の三つに分かれていますが、特に諍いもなく緩やかな同盟を組んで平和裡に過ごしていますよ」
「エルフ三国は確か大始祖イングウェの息子たちがそれぞれ太祖となったのでしたな。つまり、兄弟国だ。しかし、人間の場合はそうではない」
「武神ベロヴォーグが『我が地上の後継者は一番強き者に』と遺言して天に上がられたことから人間たちの間では戦乱が収まらないと我が国では教えられています」
「そう。どの国が“ベロヴォーグの後継者”たり得るのか。それを決めるために鎬を削っている」
「太子、間もなく森に着きます」馭者が声を掛ける。
「そろそろか─ここで止めてくれ」
「コルニ公…?」
「思った以上にアナタとの話が弾んでしまい、本題を忘れるところであった」
「本題とは何でしょうか」
コルニはカラドの金色の瞳をじっと見つめた。
「貴公とは会ってまだ間もないが、今日は剣を交え、こうして語り合った。私はアナタを信頼するに足る人だと考えている」
「…光栄です」
「アナタを信頼していると表明した上で問う。先日の質問の意図はなんだったのか、と」
「何のことでしょう」
「はぐらかさないでいただきたい。何故、サイルウェグ殿はあのような質問をしたのだ?」
「それは…」
カラドは視線を思わず下げた。
「答えていただかなければ、アナタを帰すわけにはいかなくなる。どうかお願いだ。アナタのその腹の一物をさらけ出して欲しい」
「……」
「先ほど、城で話したように近いうちにアナタの兵と我が軍とで共同軍事演習をする。悲しいかな。人間とエルフは仲が悪い。そんな中で、我々はこの軍をまとめ上げなくてはいけない。だのに、指揮者である我々がお互い気を置いていては、そのようなことは決してできない」
「しかし…」
「お願いだ。なによりそのようなことでは、オークに勝てない。そうなれば、この度の戦いで兵は無駄死になってしまう」
場を重たい空気が支配する。しばらくの後、カラドはその固い口を開いた。
「…外で話すことは出来ませんか。誰にも聞かれたくないのです」
「分かった」
二人は馬車を出て近くの暗がりの中へと消えた─
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