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Ⅸ 人間 エルフ 小競り合いをする
「太子。当方、エルフ軍とも整列完了いたしました」
「…」
「太子?」
「ん?ああ、揃ったか。ご苦労」
「はっ」
伝令の兵士が小首をかしげながら、隊列の中へと消えていった。
「公、お疲れですかな?昨夜は夜更けまで起きておりましたから」
カラドが労りとからかいの笑顔を浮かべた。
「そうかも知れぬな」
─カラド殿の言うことが本当なら、我らは今まで…。
いや、今あれこれと考えることは止めよう。
我が国の脅威となる者は何人たりとも排除するのみ。
そう、何人たりとも、だ。
コルニは整列した兵士たちの前に立つと演説を始めた。
「この度、我がルーシ国はカラド殿下を始めとするエルフの方々の協力を得ることができた。これは聖ペルン神が地上に降り立って以来の出来事である。共同で演習するに当たって、改めて殿下に謝意を述べたい」
コルニは右手を左胸に当て、傍らのカラドに軽く頭を下げた。
その瞬間、コルニ陣営に軽いざわめきが起こった。
「ん?どうしてあいつら騒いでるんだ?」
「ガドロンそんなことも知らないの?あれはこの国で最大の敬意を表す仕草よ。本来なら神々を礼拝する時にしかしないものだそうよ」
「へー。って、よくそんなこと知ってるな。エメル」
「この前の休息日の時に街へ行っていろいろ聞いてきたのよ」
「ふーん。ご苦労なこった」
「休息日だからと言ってぐーすか寝ていたどこかの誰かさんにも見習って欲しいわね」
「へいへい。お、次はカラドが話すようだぞ」
「親愛なる我らが種子の若葉たちよ。そして、偉大なる大地より生まれし子らよ。樹木の美果と大地の真土が手を取り合うことなど、星が座を変え、海が丘となり、丘が山となる様を見てきた我らであっても、このような快事に出会えたことはついぞなかった。
今日、この偉大なる出来事に立ち会い、あまつさえその当事者となれたことを心から嬉しく思う。
我々と、そしてあなた方にペルン神の祝福があらんことを」
カラドはここで一度区切り、兵士たちをゆっくり見渡した。
「しかし、邪悪なるオークたちの蛮行が無ければ今のように一同に会することも無かったかと思うと、純粋に喜べない自分もいる。
一刻も早く彼の悪鬼らを討ち果たし、友好のみで手を取り合える日が、そして、これをきっかけにエルフと人間が真の友好を結べる日が来ることを楽しみにしている」
エルフ陣営からは割れんばかりの拍手が起きたのに対し、コルニ陣営から聞こえるのはまばらな拍手のみであった。
「なんだぁ?あいつら。カラドのご高説に対してあの態度は無いだろ」
「些末なことを気にするのはよしなさいな」
「だってよぉ」
「余計な口を叩くのは止めなさい。もう一度、公が話されるわよ」
「合同演習を始める前に彼のオークどもの戦闘における特徴を説明しておきたい。
オークの戦闘方法は、その野蛮性と桁違いの膂力によるごり押しである。
腕が千切れようと、足が砕けようと、その勢いは止まらず、敵を殲滅せんとする執念は寡兵能く多兵を打ち破るほどだ。そして、その凶暴性によって生半可な作戦は全くの無意味となる」
「うへぇ。そんなやつらと戦うのかよ」
「真面目に聞きなさい。貴重な奴らの情報なのよ」
ガドロンは肩をすくめた。
「して、公、作戦は?」
「さっきも言ったようにオーク相手に下手な小細工は通用しない。そこで長槍を備えた歩兵の密集集団を主力とし、その側面を騎兵で固める編成を取る。
右翼を固めるのは王国騎兵二十五騎、左翼はエルフ騎兵二十五騎とする。
従来の我々の弓矢では牽制にはなっても致命傷をオークに与えることは出来なかったが、エルフのアルダの弓矢は邪悪なオークに多大な傷を与えることができる。エルフ諸氏には無駄撃ちを極力避けてもらいたい。また、再利用可能なアルダの矢の回収を心掛けてほしい」
「無駄撃ちとな?それは、ペルン神より弓術を授けられた我らエルフへの挑発と受け取ってもよろしいか」
サイルウェグがしわが刻まれた目元を光らせて言ったのを、コルニは苦笑で応えた。
「“エルフが矢を外すのを見たければ、豌豆に子供を願ったほうがいい”という諺が我が国にはある。さっきの言葉は失言だったようだ。許して欲しい」
「分かればよい」
老兵が鼻高々なのを見て、今度はフォスが苦笑した。
「続いて二、三質問よろしいかな?」
「何かな?サイルウェグ卿」
「騎兵を両翼に置くのは理解したが、オーク側に騎兵またはそれに類する兵はおらんのか?居るのならば、歩兵の両翼を守るのは難しいかもしれん。
また─これを一番言いたいのだが─公が述べた作戦は作戦と言いながら、作戦にあらず。言ってしまえば密集した歩兵でオークのように、ごり押しをするといったものではないか。相手側が何か変則的な運兵を行った場合、それに対応できないのでは」
「有益なご質問に感謝する。
まず、オークの騎兵の問題だが、これは気にしなくても良い。オークに騎兵の術は無い。
指揮官相当のオークが狼に似た獣に騎乗しているが、数は少ないし馬ほど速くも無い。また、オークが作戦と呼べる戦闘行為をしているのを見たことは無く、こちらの予想を超える用兵をしてくることは無いだろう」
「へー、そんな力だけの単純な奴らになんでここまで手こずってんだ」
ガドロンが不意にこぼした言葉が、鶴声のように周囲の耳目を引いた。
「あ、やっべ」
エメルが呆れてため息をつく。
「何も知らない輩が偉そうに言うな!」
コルニ陣営から非難の声が上がる。
「北東のモスクフの野蛮人どもが国境を脅かしているのだ。その防衛に近衛兵を始め、十分な兵力を裂かなければならない。そのせいでオークどもに当てる兵力が用意できていないんだ」
「貴様らのように木のごとく安穏と居られる国とは違うんだ!」
「おい!なんだ、その言い方は!」
「貴様らこそ、北方に常にトロルやゴブリンの侵略を抱えている我らの何を知るか!」
至る所で小競り合いが起きる。ガドロンやエメルが必死に止めに入るが、収まるところを知らない。
「鎮まれ!」
烈風のごとき叱咤が響く。その風源は誰あろうカラドであった。
常に柔和な笑みを浮かべている彼の眉間に刻み込まれたしわが寄っているのを見て、エルフだけではなく、コルニ陣営も驚いた。
「我らは同盟を組みし仲間ぞ!このようなくだらない諍いをしている暇があると思っているのか!」
カラドの言葉に場は一気に鎮まった。
「公、我が同胞の失言、心よりお詫び申し上げる」
彼は深々と頭を垂れた。
「殿下!そのような振る舞い…」
「黙れ!これ以上、私に恥をかかせる気か?」
カラドが兵を睨みつける。
光の貴公子の様変わりに、衆は畏れさえ感じた。
「……兵数が足りないことを言い訳にオーク相手にここまでの劣勢を許しているのは私の責任だ。
しかし、貴公らエルフの諸氏が加勢してくれたおかげでこの劣勢も覆せると信じている。
ガドロン殿」
「は、はっ!」
「貴公の獅子奮迅の働き、期待しているぞ」
「はっ!」
ガドロンは慌てて膝を付き、深々と頭を下げた。
「では、今から各自の配置を説明する。各々、準備をしてくれ」
「やりましたな、殿下。あれで同胞だけでなく、人間たちにも殿下の威を見せつけることができた」
「君の助言であんなことをしてしまったが…慣れないことはするものではないな」
カラドが疲れたように息を吐いた。
「すまねえ。俺のせいで下げなくていい頭を下げさせちまった」
「ガドロン。百数十年前からその失言癖を治せとあれほど言っているのに、まだ治らんか」
「面目ねぇ。サイルじぃ」
「まぁ、しかし殿下の威光をみなに見せる良い機会となった。結果としては良いが、あのような失態、挽回せぬまま故国に帰れると思うなよ?エルフの誇りは安くは無いぞ」
「肝に銘じておく」
「さて、公の指揮が間近で見られる機会だ。“黒太子”として我が国にも轟いているその名指揮をとくと見ようではないか」
カラドがガドロンの肩を叩いた。
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