新しいはじまり

1/1
109人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

新しいはじまり

 航は鈴香の望みどおり、二人の関係を一から始めるということで、付き合い始めたばかりの恋人のように、いろんなところに一緒に出かけた。ドライブに行ったり、食事に出かけたりーー航はスポーツが好きで、鈴香は音楽鑑賞が好きという違いはあるけど、お互い違う世界を見るのもそれなりに楽しんでいた。    そんなある日のこと、鈴香は交換室の高橋と一緒に昼食を取っていた。三月に結婚を控えた高橋は、二月末で退職することになっている。鈴香は弁当のサラダをつつきながら、一緒に働けるのもあと二週間ーーそう思うと感慨にふけってしまう。鈴香に仕事を教えてくれたのが高橋だっただけに、彼女がいない交換室を思うと、淋しくなる。 「ねえ、佐藤さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどーー」 「あ、はい、何でしょう?」  一瞬、物思いを中断されて、間の抜けた返事を返してしまう。そんな鈴香に意味ありげな表情で問いかける。 「先週の土曜日、私、上野の美術館に出かけたんだけど、一緒にいた男性は誰?」 「えっ……」  その日は鈴香の好きな画家の企画展があり、航と二人で美術館に出かけたのだった。 「私、チケットを買う列に並んでいたの。最初、何列か前に、落ち着いた雰囲気の男性がいるなあと何気なくみていたんだけど、隣の女性がバランスを崩したのか、さっと肩を抱き寄せて、彼女のことを優しい表情で見ていたの。この人、よほど彼女のことが好きなんだなあって思っていたら、隣にいたのが佐藤さんだったっていう……」  鈴香は、高橋に逐一見られていたことに赤面しながら、しどろもどろになる。 「あれは……後ろの人に押されてしまって、よろけてしまったんです」 「あのね、聞きたいのはそこじゃなくて、いつ、どこで知りあった、どんな男性(ひと)なのかってこと!」  鈴香が高橋に航のことを話せなかったのは、二人の関係が一夜限りの関係から始まり、別離の期間があったりしたことが主な理由なのだが、今なら航との関係は人に話せるものとなってきた。鈴香は覚悟を決める。 「あの人は……今、お付き合いしている人です。知り合ったのは半年くらい前……どんな人かというと、あの小坂田さんなんです」  鈴香の話に一瞬、高橋の動きが止まる。 「ちょっと待って。あの小坂田さんってあの?あの電話かけてくる会計士の?声が素敵な小坂田さんってこと?」  鈴香は戸惑った表情をしながらこくりとうなずく。 「一体どうやって知り合ったの?」 「知り合ったのは、カクテルバーです」  その話を聞いて、高橋はふと思い至る。 「もしかして、それって私と一緒にカクテルバーに行ったときのこと?」  うなずく鈴香に 「えーっ、それ、水くさいじゃない。なんで言ってくれないの?」と不満げに言う。 「今まで、高橋さんに話してなくてごめんなさい。でも、いろいろあって、途中、離れていた時期もあったりして、人に言えるような状況でもなくて……」  そういえば、数ヶ月前、鈴香が元気のない時期があって、どうしたのかなと心配していたけど、それが恋の悩みだったと今にしてみれば思えてきて、高橋はそれ以上詮索するのはやめた。でも、鈴香にとって姉のような存在だから、どうしても聞かずにはいられない。 「詳しいことはまた追々聞かせてもらうけれど、小坂田さんとは上手くいっているの?きちんと佐藤さんのこと考えてくれているのかな?」  鈴香は少しだけ考えて答えた。 「今は相手にきちんと向き合いながら、お互いの距離を少しずつ縮めている感じです」  その言葉に高橋は少し安心する。 「そう。また小坂田さんのこと、紹介してね」  鈴香は微笑みながら頷いた。  
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!