ベテルギウスの行方

5/5
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 星なんて、まるで興味ない。  なのに、コータの叔父さんと叔母さんのお節介で、山小屋まで連れて行かれることになった。しかも、コータ抜きで。  なんで、この俺が、星のおじさんと二人で、こんなところまで来ることになったのか。考えるだけで腹立たしい。なにしろ寒い。昼でも十分寒いのに、夜はさらに冷えこむ。このまま、外で寝こけてしまえば凍死間違いなし。  心の中でさんざん愚痴を吐きまくりつつ、ぼんやり見上げた空には冬の星座がまたたいていた。 「あそこにある、真ん中の三ツ星が見えるかな。オリオン座だ」 「ああ」  インドアで引きこもりで学のない、星座にはまるで詳しくない俺でも、オリオン座くらい知ってる。 「一太くんは、ベテルギウスを知ってるかい?」 「え」  星のおじさんの言葉が唐突すぎて、とっさに聞き返す。 「オリオン座の、左上に見える赤い一等星。あれが、ベテルギウス。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンと並ぶ、冬の大三角の一つだ。ベテルギウスはね、いまはすごく明るいけど、近い将来には見えなくなるって言われてるんだ」 「どういう、ことですか」 「星の一生ってわかるかな。いまのベテルギウスって、人間で言えば、かなりのおじいちゃんでね。そろそろ寿命で、超新星爆発を起こしてもおかしくないんだ」 「超新星……?」 「ベテルギウスってのは、太陽よりもずっと大きな星でね、そういう星は超新星爆発を起こす。核融合反応が止まった時に、重力崩壊で起こる大爆発だ」 「はあ」 「つまりね、少しずつ縮んでから、どんどん膨らんで、ドカンと爆発して明るくなる。そのあとは、うんと暗い星になる。地球からは、肉眼で見えなくなるくらいにね。だから、オリオン座の形も変わってしまう」  星のおじさんの話は浮き世離れしていて、現実味が薄かった。  オリオン座の形が変わる? そんなの、彗星が地球に激突するくらい、想像がつかない。太陽も月も、東から昇って西へ沈む。毎日繰り返される当たり前のことだろ? 「いや、もしかしたら、もうすでに爆発してるかもしれないんだ。ベテルギウスの光が地球に届くまでに、大体640年ぐらいかかる。いま見えているベテルギウスは、640年前の姿だからね」  だから、なんだ。  宇宙はとてつもなく広くて、人間はちっぽけで、人の一生なんてあっという間に終わってしまう。  それが、どうした。  けれど、星のおじさんは、飄々(ひょうひょう)とした口ぶりで続ける。 「見えなくなっても、なくなるわけじゃない。そこに、かつてベテルギウスだったものがある。昔のベテルギウスは、いまもベテルギウスだよ」  夜空には無数の星があるが、どこでも同じように見えるわけじゃない。  ここからは見える暗い星も、実家からは見えないのだろう。  自分がどこに立っているかで、見え方は変わる。 「世間から見えなくたって変わらない。いなくなったと思われても、別にいいじゃないか。君は君だ。どこにも、いなくなっていないよ」  他人から投げつけられる言葉が苦しかったんじゃない。  無遠慮にかけられた心無い言葉を、何度も反芻する自分が嫌だった。  だって、本当のことだから。  そうやって、世間のものさしに、自分のものさしを合わせてしまうから苦しかった。 「うちの初孫もね、一太っていうんだ。同じ名前。だから、なんとなく覚えていた」  星のおじさんは目を細めて、空を見上げている。望遠鏡ももちろん備えてあるけど、肉眼で見る星が一番きれいで好きなんだと言って笑った。 「……俺、俺は、その、」  胃の腑の底から、熱いものが湧き上がってくる。  言葉にして吐き出したいのに、震える唇からはなにも言えなかった。                       ~fin~
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!