ベテルギウスの行方

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 なにもかも、うんざりしていた。  自分で始めたバイトとはいえ、始めてすぐに飽きた。  客に頭を下げることが、しんどいんじゃない。誰にでもできる仕事しかできない自分にうんざりしていた。  こんなはずじゃなかった。全部、自分で決めたこととはいえ、心の端っこがどうしても納得できない。  そんな時に、同じバイト仲間のコータに誘われて、すぐにファストフードの店員を辞めた。  標高1800メートル。  平地で購入したポテトチップスの袋はパンパンに膨れ上がる。気圧が違うのが理由らしい。 「さっみーなァ」  空気が違う。色が違う。匂いが違う。とにかく寒い。  防寒具は万全に揃えた。コータに連れられて向かった先は、老舗のスキー場。雪がないと心配していたものの、一昨日から昨日にかけて降ったパウダースノーが、あたり一面の銀世界を彩っている。  なにもかも白い。マフラーを巻いた口もとから漏れる吐息も白い。 「いっちゃんは、スキーしたことないんだっけ?」 「ないない。俺、超インドアの引きこもりだし」 「運動苦手?」 「んー、わりとそうかな」  集団スポーツは苦手だ。あの独特のテンションについていけない。勝敗? どうでもいい。迷惑かけちゃいけないって必死になるから疲労困憊。 「鬼ごっことかすぐに捕まるタイプ?」 「そもそも、鬼ごっことかしないタイプ。あんなもん、なにが楽しいのかわかんね」  ろくにルールもないのに、キャッキャと喜ぶ奴らの気持ちが本気で理解できない。そう言うと、子どもらしくないし、可愛げがないと嫌がられた。あの頃の俺は、一日でも早く、大人になりたかった。大人と対等になりたかった。 「つまんないこと言うなって」 「どうせ、俺、つまんない人間だし?」  学校生活なんて、本当にどうでもよくて。いつだって手を抜いて、適当にやり過ごすことしか考えていなかった。   「いまはまだ空いてるけど、暮れにかけてめちゃくちゃ忙しくなるぜ」  コータに案内されたのは、スキー場から目と鼻の先。コータの叔父が経営している、山小屋風の玄関が目印のスキー宿だ。繁忙期を控えて、まだ泊まり客はほとんどない。  民宿より大きく、ホテルよりは小さい。家族経営で、スキーシーズンだけ手伝いのアルバイトが集まる。春まで泊まり込みの季節労働。 「ずっと、このくらい空いてるとラクだな」 「うちの宿、潰れるっつーの」  同い年のコータとは、すぐに気があった。二年浪人していたが、結局はフリーターになったと笑って教えてくれた。俺も、似たようなもんだと言っておいた。 「一太(いちた)くんか。コータがお世話になっています。どうぞ、よろしく」  コータの叔父さんは、見た目はクマ。大柄でヒゲもじゃ、全身毛深い。割れるような笑顔で、力をこめて握手された。手の骨が折れるかと思った。 「いっちゃん、スキーしたことないって言うからさ、ちょっとだけ滑ってきてもいい?」 「ああ、それがいい。今日はまだこんなだけど、明日の金曜からは混み出すからな。滑るならいまのうちだ」 「用具一式借りるね」 「夕飯まで、ゆっくりしておいで。なんもないとこだけど、雪だけはあるから」  そう言って、お腹をゆすって笑った。叔父さんの子どもは三兄弟。下から小学生、中学生、大学生。明日からは、大学の寮にいる長男も帰ってくるという。  思い切って、家を出てきて良かった。  スキー場で泊まりのバイトをするといったら、両親は驚いたが反対はしなかった。腫れ物に触れるような家の空気が息苦しくて、あと一日でも吸っていたら窒息しそうだった。  
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