29.【晴/友達デート1/2】

1/1
前へ
/55ページ
次へ

29.【晴/友達デート1/2】

 景久君に全国への抱負を滔々と語ってしまった俺は、途端に恥ずかしくなって逃げ出した。  俺自身は俺の目標を可笑しいとも馬鹿だとも思わないけれど、やっぱ生真面目で重っ苦しくはあるじゃん? だからこれは、本当に誰にも――家族には尚更に――言ったことがない目標だったんだ。 「翔也ぁ~」  中二階の階段を駆け下りて道場に出ると、翔也が床に転げて涼を取っている。俺はそこにぺったりとひっつき、翔也の脇腹に額を押しつけた。 「やだも~晴あつい~」  嫌がってにじにじと逃げていくのを転がったまま追い駆け、ひゃひゃっと笑う。またしても翔也はやだ~と言うけど、声が笑っている。二人で床を転がりながらじゃれ合っていると、景久君が俺の水筒をわざわざ持ってきてくれた。  ――さっきの、どう思ったんだろう。  そう思うといたたまれなくなって謝らずには居られなくて。  でも何故かその後の互角稽古で、景久君は俺を選んでくれた。え、どうしたんだろう? 景久君とやり合うのなんて、俺が転倒したあれ以来だ。  なにせあれ以降は「お前とは当分したくない」的に断られていたんで、此方からのお誘いも遠慮していたんである。  いいのかなあと思いつつ打ち合ってみれば……、なんかすごく楽しかった。景久君は毎回威圧というか重圧と言うかがすごくて、打ってくる竹刀の強さもそれ相応だったのに、何故か今日は軽い……? もちろん振りは鋭いし早いんだけど、……なんだろ?  まあなんかそんな感じで、つばぜり合って押されることもなく打たれた小手が痛むこともなく。打ったからといって威圧が増すこともなく、なんかただ楽しいだけだったんだよね。景久君は部長と競るか勝つくらいに強いから、すごく充実した稽古になった。  一回終わったら本当は相手を変えなきゃいけないんだけど立ち去り難くてそのまま景久君のそばにいたら、また俺を選んでくれて。そうやってずっと部活終わりまで戦ってくれて――すーごい楽しかった。  ……これ、今日だけかな? またあるのかな。  ってそわそわしてたら、なんと景久君、それからは頻繁に俺と組んでくれるようになったんだ。  ――嬉しいけど、どうしたんだろう……。  あれから景久君と来たら、稽古には付き合ってくれるしやたら優しいしで吃驚してしまう。いいのかな、迷惑じゃないのかな? って佐那ちゃんに思わず相談したら――だって翔也に言ったって『早くよりを戻せ』としか言ってくれないんだぞ。なんの相談にもならないんだぞ。で、そしたら佐那ちゃん、『いいんです。お兄ちゃんのやりたいようにやらせてあげてください』だってさ……? なんだろ? 景久君の迷惑じゃなくて彼本人にも何かメリットがあればいいんだけど……まあ良く分かんないけど、俺は練習相手が出来てとても助かったし有難かった。  なんか色々考えてるらしい景久君に、 「お前は〝鯨井さん型〟だよな」  なんて断言を受けて。 「なにそれ」 「昔圧倒的に強かった名残が今も残ってる。それで一本先取出来るならいいんだが、出来なかった場合の対処がお前は弱いよな」 「あー……」  自覚はあった。俺は確かに、打ち合いになると弱い。昔はスパンスパンと先取するだけで勝てていたので、きっとそのせいなんだろう。 「それさ、仁科さんに稽古付けてもらったらどうだ?」 「とーちゃん?」  なんでかなあ。親に色々言われるのはやだなあと思ったんだけど、他ならぬ景久君からのアドバイスだし。  で、父に打診してみて。  土曜日の午前中は父はいつも、子ども剣道教室の師範をする母の送り迎えをしているので、そこで自主練しようって事になりました。  景久君も誘ったら、二つ返事ってくらいすんなりと来てくれた。景久君も剣道復帰して全国目指し始めたんだし、強い大人の練習相手が増えるのは良いことだよね? 「お父さんも昔、猛兄や師範や、色んな大人達に相手してもらったなあ」  ってにこにこ懐かしんでる温和な父だけど、稽古は案外つらかった。当たりがキツいとかハードな稽古って事じゃなくて、精神的にキツい。あのね、父から全く一本奪えないんですよ。我が父ながらすごく戦いづらい。決まるって思ったのが決まらずに、こっちが反対に決められてしまうんだ。 「じゃあ晴はちょっと見学に回ってね。景久君、お願い出来る?」  父の指示に従って、俺は下がると面を解いた。  その間に父と景久君が打ち合いをはじめたので、それを注意深く見守る。  ――景久君、父に押され気味ではあるけれど、俺よりはちゃんと戦えてる。  俺と彼の何が違うのか、それを探るために見て、見て。そして気付いた事を実践して。そしたらなんかいつもの稽古の倍疲れちゃって、俺は――俺も景久君も、師範を終えたうちの母が父を迎えに来る頃にはへとへとになっていた。 「続きはまた来週――かな? それまで二人で反省会して、部活でおさらいしたらいいよ。疲れてる時に無理しても良いことないから、今日はもう止めにしなさい」  父にそう言われて、結局俺は父の車で自宅に戻された。家でご飯を食べさせてもらって昼寝して、日曜日はまた道場に稽古に行った。今度は父は居ないけど総ちゃんが来ていたので、自主練は景久君と総ちゃんにお相手してもらった。  で、その週の火曜日と水曜日に郡市大会が行われて、景久君も俺も団体戦も普通に県大会へと駒を進めまして。戦いはまだまだ続くので、土曜日も稽古です。  ――で、起きたら。父がうきうきと弁当を作ってました。なんでも、稽古後に母とどっかの公園でピクニックデートをするだとかで、俺と景久君にもついでに用意してくれたらしい。  ふうん? 確かに今日は天気良さげで、外で食べるのは気持ちよさそう。 「とーちゃん達はどこ行くの?」  教えといてくれたら絶対行かないから。両親の仲が良いのは結構だけど、デート現場を目撃するのはごめんです。  聞いてみたら山側の公園だったので、俺は海側に行こうと呟いた。駅でレンタサイクルしてちょっと走るのもいいなあ……稽古後にそんな体力が残ってるといいけど。 「晴もレジャーシートいるか~?」  納戸からひょこっと出てきた母が訊いてくる。調理担当父、それ以外の準備は母担当なんだな。 「かさばるからいい。一人だもん。ベンチででも食うよ」  朝ご飯を食べながら俺がそう答えると、母は真面目な顔つきで首を傾げた。 「ひとりなのか? 景久君誘えばいいのに」 「え」  両親には、俺と景久君の事は一切喋っていない。そりゃ小六の時に母に泣きついちゃった前科はあるけど、それ以降は話題にしたことないよ……アルファ会でも紹介なんてしなかったし。父に稽古付けてもらうから今回やっと『同じ部活の榊景久君です』って紹介したんだよ。  ――あれ、でも……アルファ会の最後にとーちゃん……景久君の名前ばっちり呼んでたよーな……? 「お父さん、景久君の事結構気に入ったらしいぞ。剣道褒めてくれたーって嬉しそうにしてたし、稽古中の態度も折り目正しくて宜しいってさ」 「そうそう。思ってたより良い子だな」  カウンター向こうのキッチンから父の声も飛んでくる。 「へ、へえ……」 「まあ、レジャーシートはお好きにどうぞ」  母はそう笑って、食卓にシートを二枚置き去りにして行った。一枚は両親が使う大きくて分厚いのだ。めっちゃかさばるやつ。俺に用意されていたのは大きさはそれなりだけど薄いの。持ち運び重視なやつ。俺はそれをじっとりと睨むと、いそいそと納戸に片付けに行った。  だって一枚のレジャーシートを一緒に使うなんて、恋人みたいじゃん⁉  ――で、稽古自体はこないだよりも父に打ち込めて。  景久君が俺に指摘した事や父が教えようとしている事が分かって来たから、前回よりも気が楽になった感じ。そのお陰で精神的な疲労感が減ったので、この分ならレンタサイクルしても無駄にならなそう。 「これ。ついでに作ったので悪いけど、良かったら食べてね」  稽古上がりに合流した母から受け取ったお弁当を、そのまま景久君に渡す父。 「え? 俺にですか――?」  景久君めっちゃ驚いてる。……味は保証するけどやっぱおっさんからじゃあねえ……。 「うん。容器は晴に返してくれたらいいから。――それじゃ晴、自転車借りるなら気をつけてね」 「あ、待って待って。俺の防具と竹刀車に積んでって」  でも俺はまだ道着のままだし防具類も仕舞えていない。 「じゃあロビーで待ってるから」  父と母は並んで道場を出て行ってしまった。 「自転車って?」  弁当を手にしたまま景久君が不思議そうに聞いて来る。 「駅前のレンタサイクル屋で自転車借りて、海沿いを走って適当な公園で弁当食べよっかなって。とーちゃんとかーちゃんは山側でピクニックするらしいから、海かなって」  防具をぐるぐる巻きにしながら返事をする俺。その俺に景久君は、 「楽しそうだな。俺も行って良いか?」  と訊いてきた。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1411人が本棚に入れています
本棚に追加