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30.【晴/友達デート2/2】
え? 一緒に? 楽しそうって言ってくれた?
「え――でも、……疲れてるんじゃ?」
「平気だ」
で、ですよねえ……オメガの俺よりアルファの景久君の方が当たり前に体力あるよね……。
「え、じゃあどこ行こう? 観光地的な所に行った方が良い?」
なんか観光客が散歩してて、日替わりで楽隊がイベントしてるような公園に行ったほうがいいのかな?
「いや、お前が行こうとしていた所で良いよ」
「でも……地味だよ?」
波の音目的で行くくらいに地味なんだけど。
「いいよ」
「……えーと、じゃあとにかく、着替えよっか」
急いで着替えてロビーに行って、両親に竹刀と防具を押しつける。のんびりしている二人を追い立てるように車まで見送って――よし、これで俺と景久君が一緒に行動するのはバレなかったぞ。
駐車場からロビーまで走って帰ると、ロビーには私服姿の景久君が待っていた。細身のチノパンにTシャツっていうごく普通の姿なのになあ……格好いいなあ……。やっぱ身体付きって薄着になればなるほど大事だね。
で、その格好いい景久君の背中のディパックに、俺の父が作った弁当が入っている不思議。しかもそれを食べる為に二人で出掛けよう、っていうんだから――何だ? 何なんだ? 友達ってそんな事していいのかな⁉ って疑問なんだけど、他ならぬ景久君が良いって言うんだからいーんだろう……。
「晴は半袖でもパーカーか」
出会い頭にそう言われて面食らった。
「変?」
「いや」
体格の貧弱さを隠そうとだぼついた服を選んでしまうのだ。……子どもっぽくてダサいって思われたのかな……これからはもう少し気をつけよう。
「俺は自転車借りに行くんだけど、景久君は自転車あるの?」
高校に自転車で来ているのは知ってるけど、あれは駅に置いてるんだと思ってる。つまり、舟木道場――徒歩――電車――自転車――高校って事。
「二台持ってるからある」
あっちとこっち用なのね。
「俺は借りに行かなきゃなんでちょっと待っててくれるかな?」
「一緒に行く」
「え。良いよ。すぐだし」
駅までは五分もかからない。
「行く」
まあ、その方が時間の節約かなあと。結局、自転車を押す景久君と一緒にレンタサイクルまで歩いた。そして借りまして、俺を先頭に走り出す。
海沿いの国道をひた走る事十五分。俺の目的地の公園に到着した。
市の中心部からは結構遠くて小さくて、釣り場を兼ねた遊歩道が百メートル程続いているだけの公園だ。公園に見合った規模の遊具と噴水が並び、遊歩道に沿ってベンチが置かれている。利用者は年配の釣り客がちらほらと、よちよち歩きの親子連れ。低年齢向けの遊具ばかりだから、がっつり走り回りたい小学生はいないのだ。――と言うわけで、とてものどかなのです。
そののどかな公園の端っこに管理事務所があって、その裏から遊歩道が始まるんだけど。公園の隣は小さな港になっているので、波止場があるのね。で、その波止場手前の天然の岩場とそれに続く消波ブロックが、俺のお目当てな訳です。
俺は管理事務所の影に入り込んだ。
「いっつもここで弁当食べるんだ」
今は誰も居ないけど、平日には近所のじいちゃん達が溜まって将棋を指している。その為の机と椅子も安っちい将棋板も置きっぱなしだ。夏休みにたまに顔を見せると喜んでジュースくれたりしたんだよな。
「へえ」
事務所の壁にもたれて直にコンクリートに座り込んでも汚くない。利用者が頻繁にいるせいかきちんと掃除されてるっぽいのも居心地の良さなんだよね。
景久君も特にこだわらずに座ってくれる。リュックを降ろして弁当を取り出した俺は、そこで失敗に気付いた。
「あ、しまった。とーちゃん達に水筒まで渡しちゃった」
「飲むもんないのか? 買って来よう――公園の入り口に自販機あったよな」
そう言いながらすでに立ち上がっている景久君。
「あ、うん。ありがと」
「お茶か?」
「うん」
景久君は事務所の角を曲がって行ってしまった。俺はその姿を見送りながら膝を抱え込み、溜め息をついた。最近なんかこういうの、よくある。親切っていうよりか、なんだろ? 本来俺がすべき事を肩代わりしてくれるっていうか――面倒を見られてる感じ?
そうしてもらう心当たりはないんだけど、俺が全国目指してる理由を話した後くらいからだから、色々気を遣ってくれてるのかも。そもそも面倒見のいい世話焼きさんだもんね。基本的に優しいんだろうなあ。
波のさざめきにふと意識を戻すと、水平線が視界を直角に横切っていた。
「へ」
驚いてがばっと身を起こせば、横合いから、
「起きたか」
と声が掛かる。
「え――……俺寝てた?」
リュックを枕に寝ていたらしい俺の隣に、景久君が座っている。あぐらをかいた膝に本を広げて――ど、読書、してる……?
「公園の前にはいちごミルクしかなくてな。お前好きだけど食事にはやっぱお茶だろうと思ってコンビニまで行って帰って来たら、寝てた。膝抱えて窮屈そうに寝てたから、身体を倒させたのは俺だが」
「あ、ああ――なんか遅いなあって思いつつ波の音聞いてたら……」
焦って言い訳してるのに、俺の腹がぐうって鳴った! あうう……、空気を読まない腹を押さえてかーっと真っ赤になれば、景久君が笑った。
「俺は先に食べたから。起きた時、待ってたって知ったら気を遣うだろうと思って」
「あ! うん、全然良かった! 正解!」
焦りながらリュックを探るが、弁当はない。
「あ、あれっ⁉」
「そっちに」
と景久君に示されて、リュックから弁当を取り出した所で『水筒がない』と騒ぎ始めたんだったと気付いた。
「ど・どうも……」
うーん。何もかもが締まらない……。景久君、『楽しそうだ』って言って一緒に来てくれたのに、これじゃ全然楽しくなかったよね。
「ごめんね。さっさと食べちゃうね」
「気にすんな。……そもそもお前、ここで寛ぎたかったんだろ」
静かにそう言われて、俺は弁当包みを剥がす手をとどめた。
「――分かる?」
「ああ、いい所だな」
景久君は風にめくれあがりそうになる本に指を添えたまま、潮騒に耳を澄ます様子である。
地味だけど、ここは居心地の良い所なんだ――それを分かって貰えたのが嬉しい。
じゃあ、焦らなくて良いんだ。そう思えてゆっくりと弁当を広げて食べ始める。
「同じ弁当だった?」
「ああ。とても美味しかった」
「とーちゃん作だし」
「お前の作ってくれたのも同じくらい美味かったぞ」
「それは言い過ぎ」
景久君は自分のディパックの上に本を置き去りにして、岩場を登って来た小さなカニを観察している。
「こいつ暑くないのか?」
「干からびる前に海に帰してやった方がいいかもねえ」
本格的な夏の到来を前に、空は抜けるように青い。海風がいくら湿り気を帯びていようが、小さな甲羅はすぐに渇いてしまうだろう。
景久君が甲羅をつんつんとつつくと、カニは大振りにハサミを振り回した後に自ら海へと飛び込んで行った。
「帰った」
「帰ったな」
消波ブロックと岩場に砕ける波音が耳に心地よい。今頃あのカニは、この音を全身で感じているんだろう。
「天むす美味しい」
「それ美味かったなあ」
景久君がしみじみと相づちを打つので笑ってしまう。
景久君はコンビニで買って来てくれたお茶以外にも、いちごミルクも買ってきてくれていた。これは学食でも良く飲んでいる紙パックのやつだ。俺は食後にそれをちゅーっと啜った。
「温くなっちゃったけどいいわぁ~。甘さが染みるー」
「甘いのホント好きな」
「ねえ、本読んでる姿なんて初めて見た」
「実は最近読み出した。……ほら、剣道さぼってた時に」
「へえ?」
景久君はそう言って、置き去りにしていた本を再び手に取る。ちらっと見えた裏表紙には市立図書館のバーコードが付いていた。表紙はなんか浮世絵っぽいというか時代劇っぽい装画で、大きくて硬そうな本だ。
「うちの親父がこういう系の小説が好きでな、家にいっぱいあるんだが、読んだ事なかったんだ。でもあの親父、俺と佐那の名前はこっから取ったんだぞとか偉そうに言っていたから」
「読んでみたら意外と嵌まっちゃったんだ?」
「そうそう」
俺が食べ終わったので、後は二人で波止場を歩いたり、岩場を降りて波しぶきに引っかけられて笑ったりしてみた。荷物は事務所の裏に置きっぱなしにしていたんだけど、離れている間におじさん達が将棋を始めていて。見覚えのあるおじさんだった。
「こんにちは~」
「お。やあ、久しぶりだねえ」
去年の夏にジュースくれたおじさんだ。
将棋を観戦していると実は指せる人だった景久君が巻き込まれて。俺は全然分からないから見てただけ(見ててもさっぱり分かんないけど)。孫みたいな年の景久君と遊べて、おじさん達は満足したみたいだ。
リュックを背負って帰り支度を始めた俺に、
「彼氏連れてまた来てね」
と言ってくれた――か、彼氏……。
「彼氏じゃないけどまた来るかも。じゃーね~、おじさん達」
俺は両手で手を振って、笑顔でおじさん達とお別れした。
「また来るのか?」
自転車置き場で景久君がそう問いかけて来る。
「気が向いたらね」
「じゃあ、その時も誘ってくれ」
え。
こんな地味でローコストな過ごし方を、本当に気に入ってくれたんだろうか?
「――もうちょっと先に灯台があるよ。ちょっとした山登りだけど、登り切ったら気持ちいいよ?」
試しにそう言ってみると、景久君はなんだか嬉しそうに柔らかく笑って、
「じゃあ今度はそこで」
と言ってくれた。
まだ県大会も全国も控えて忙しいし、実際にそんな日が来るかは分からないけれど、俺と一緒に出かけたいって思ってくれているのがとても嬉しかったんだ。
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