31.【晴/全国大会1/3】

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31.【晴/全国大会1/3】

 七月に入ると県大会が行われ、俺はベータ・オメガ部門で優勝。全国進出を決めた。景久君は優勝は逃したけれど二位で全国に行くことに。  そして俺たちの生活は、部活ばかりじゃない。むしろ学生なので本分は勉強だ――つまり期末試験とかさ……。  ある意味部活よりも疲れるそれを打倒し終えると、もう夏休み直前だ。 「ねえ晴君、夏休みにオープンするアイス屋さんに一緒に行かない? ――佐那ちゃんも誘ってさあ」 「んー、いつくらい~? 八月上旬ならいいよ」  結局一度も席替えの行われなかった教室は、今日はのどかだ。期末試験の返却は昨日までに粗方終わったので、後は楽しい夏休みが待ち受けているだけなのである。それを体現するように浮ついた誘いを投げてきた式部さんは、凜としたアルファの女の子だ。 「むしろ佐那が駄目だな。八月上旬はうちの実家が忙しいから、多分こっちに遊びに来る暇もない」 「えー、あんたん家って何してんのよ? 子ども働かせるなんて横暴」 「神社。佐那は毎年巫女舞を担当してるからな、精進潔斎の期間に当たる」 「……巫女舞」  ぽやっと頬を染めた式部さんの関心は、もうアイス屋さんにはないみたい。 「それはいつやるの。部外者のあたしでも見学出来るの⁉」  と結構な勢いで景久君に詰め寄り始めた。  俺は一生懸命な式部さんの横顔を微笑ましく眺めていた。  ――叶うといいね。  式部さんに押し切られて佐那ちゃんと連絡を取っている景久君は、きっと式部さんの気持ちに気付いていない。そういうとこ、鈍いんだろうなあ。  結局式部さんは、景久君の実家の榊神社のお祭りに行く事になったみたいだ。 「なんだったら晴君も一緒にどう?」  さすがに一人では不安があるのか、式部さんに誘われた。 「えー……ごめんね。今年はいいや」  俺だって大切な全国を控えている。気持ち的にそんな余裕ないや。お祭りは息抜きになるだろうけれど、移動などを考えるとコンディションを崩しそうで怖い。 「晴」  ――コンディション……あ、そうだ。病院行かないと。 「晴?」 「え、なに?」  ちょっとぼうっとしていたみたいだ。呼ばれて気付くと、景久君が心配そうに此方を見ていた。 「大丈夫か? 何か思い詰めた顔をしていた」 「……え、うん」  わ、心配させてしまったみたいだ。俺は慌てて笑みを浮かべた。 「大丈夫だよ。定期検診の日だから、ちょっと憂鬱だっただけ」 「――そうか。じゃあ今日は部活に出ないのか。気をつけてな」 「ありがと」  放課後一人でオメガ科の病院に向かうと、先生は難しい顔をしていた。 「こんにちは、仁科晴君」 「……こんにちは」  きっと受付で『もっと強い抑制剤を検討したい』って言ったのが駄目だったんだろうな。 「発情期を迎えて一年くらいは、皆結構安定しないものだよ」 「――安定しないのはいいんです。学校休んだりして対処しますし……ただ、全国大会だけは万全な体調で出たくって」 「あー……そういえば言ってたね。じゃあちょっとプロテクター貸してくれる?」  携帯を操作してプロテクターを外し、先生に渡す。先生はプロテクターをパソコンとリンクさせ、記録されている情報を読み解いていた。 「八月十六日だっけ? 大会」 「十六、十七です」 「……何事もなければ予定日は八月の二十日頃だね。でも、多感な時期だものなあ。――相変わらず、例のアルファ君とは近くにいるの?」  俺は目を伏せたまま頷いた。 「一番確実なのはその子と接触しないことだから、大会前は特に気をつけるといいよ。抑制剤は今飲んでいる薬だと効ききっていないんだよね? 強いのに変えるなら保護者の方にも相談したいので、大会前に一緒に来てもらって。今日はいつもの誘引フェロモン用の抑制剤を出すから、それだけ持って帰って下さいね」  俺は先生に礼を言うと待合室に出た。  ――例のアルファ君、というのは景久君の事だ。  ほらオメガってさ、どうしてもアルファとの関わりが切っても切れない身体構造な訳だから、アルファから影響されやすいんだよね。それで、俺の一回目の発情期が予定よりも早く来た時に先生にいぶかしまれて、景久君に抱きしめられた事を言っちゃったんだ。先生の言うには、『仁科君がそのアルファ君を好きすぎるから、身体が引きずられてしまうんだよ。過剰な接触があるとフェロモンのバランスが崩れて発情を誘発されるんだ。一番いいのはその子との関わりを断つか、恋人同士になって安心させてもらうことなんだけどねえ』って事らしい。  普通告白までしといて、前とほとんど変わらない距離でそばにいるって、無いよねえ……。  ――つまりは俺が口先で言う友情なんておためごかしで、俺の身体は景久君が欲しいって言ってんの。身体は素直なの。自分の身体ながら、実に貪欲だ。 (でもさあ、それは無理なんだよ)  だって振られて友達になったからこそ、今もそばに居られる訳で。  後日母を伴って得た抑制剤は――例のアルファ君云々の話は母には伏せてもらっている。薬の追加はあくまでも大会の為だと強調した――、今処方されているものと同系統だが効果が強いものらしい。だから副作用は出ないと思われる。ただし本当に合うかどうかは分からないから、発情期の周期を乱さないのが一番だよって釘を刺された。  全国大会が終わるまで、景久君断ちでもしたほうがいいんだろうか。  そうは言っても同じ剣道部員で同じ全国メンバーで団体戦のメンバーだよ。周囲からは仲が良いって目されている二人なので、どだい無理な話です。結局、ほぼ一緒に稽古を続けたのは勿論、とうとう迎えた全国大会、その移動の新幹線も席は隣でした。ホテルは流石に俺はオメガなので一人部屋だけど、万が一のトラブル防止にひとり行動は慎むように言われていて……そしたら自然と景久君と組む事になっちゃうんだよね。翔也は全国メンバーじゃないので来ていないし。  移動だけで潰れた一日目は特になんにもなくて。  二日目は団体戦と個人戦を途中までこなし、一応どこもまだ負けなしだ。  問題は、その二日目の夜に起こった――。  部活メンバー達と夕飯を済ませ一旦部屋に引き上げたものの妙に甘いものが食べたくなった俺は、まず最初に顧問の部屋を訪ねる――も、返事なし。俺は溜め息を付きながら、ここで諦めるか自問自答したけれど、やっぱり甘味が食べたい、ってなったんである。  なので他の部員の部屋を訪ねようとしたら、その道中で部長に出会った。 「部長!」 「おー、晴。どった?」  部長は副部長と一緒である。ホテル内の自販機でジュースを買ってきたらしい。 「あの、コンビニ行きたいんですけど」  できればどっちかが付いてきてくれないかな、と思ったんだけど。 「おー、じゃあ榊な、榊呼べばいいんだな」  と途端に携帯を操作し出す部長。 「榊ぃ、晴が今廊下で、コンビニ行きたいって言ってるぞ~」  景久君は、携帯がつながるや否や、あっという間に姿を見せた。 「晴」  こうなるともう、なんで最初から自分で呼ばないんだって話で。なんか気まずい。  うつむいていると、景久君はそんなのお構いなしで俺の腕を掴んだ。 「じゃ、ちょっと行ってきます」 「おー。気をつけてな」  部長と副部長に見送られて乗り込んだエレベーターは、俺たち二人きりだった。 「……まさか一人で行こうとしてたのか?」  景久君の声にとがめるような響きがあって、俺はちょっとむっとする。  掴まれたままだった腕を払い、近すぎた距離を半歩離れる。 「最初先生ン所行ったし」 「何で最初に俺を呼ばないんだ」  問われて返事に詰まった。オメガ科の主治医から過剰な接触を控えるように言われているとか、説明しようもないじゃん。  俺が答えないものだから居心地の悪い沈黙が続いて。エレベータ―の作動音だけが低く響く。  一階に着いて歩き出す時に景久君はまた俺の腕を掴もうとしたんだけど、俺は嫌だったから腕組みをして歩いた。  ――先生、過剰な接触って何ですか……?  そもそもなんで景久君がそんなに掴もうとしてくるのか分かんない。俺の事、迷子になるような歳だとでも思ってんのか?   でももっと分かんないというか、馬鹿だなあって思うのは、そうやって子ども扱いされてるって理解してる癖にときめいちゃう俺自身だよ。つまり俺にとっては、腕掴まれるだけでも過剰な接触に当たるんじゃないかなあこれ。  駄目じゃん。  明日一番大切な日なのに、景久君と二人きりで歩くとか失敗したんじゃない? 「で、何を買いに行くんだ?」  問われた俺は途端にしゅんっと元気を失った。  そもそもこんな時間に夜道を歩いているのは俺のワガママだ。必需品でなくて単なる嗜好品。むしろ食べなくても良いものを買いに行くのだ。  それに付き合わせてしまっている景久君に、こんな嫌な態度を取ってはいけない。 「――甘いもの、です……」 「……緊張しているのか? 大丈夫か?」  俺が態度を軟化させたからか、景久君の当たりも柔らかなものに変わる。  だけど――。
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