34.【晴/恋人デート1/3】

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34.【晴/恋人デート1/3】

 翌朝、熱っぽさもだるさもなく目覚めた。  景久君の持ってきてくれた保冷剤のお陰で目も腫れておらず、普通の顔である。  抑制剤を飲んで部員達と集まり、朝食を済ませてホテルを後にする。徒歩移動なので自分の防具は自分で背負っていたのだけれど、違和感は割合すぐに感じ取れた。  ――いつもより動悸が激しいのだ。それに伴って息が切れる。  俺はそれを誰にも言わずにいたし部員や顧問は気付かなかったけれど、きっと景久君だけは気付いていた。  そして出場した全国大会は、団体戦は優勝、個人戦アルファ部門は景久君が三位、ベータ・オメガ部門で俺が四位という結果に終わった。ちなみにベータ・オメガ部門の優勝者はうちの部長なので、全国常連の高野台高校としては面目躍如だが、俺個人としては悔いの残る成績である。  大会が終わった当日の夜遅くに帰宅した俺は、発情期明けまではぐーたら寝て過ごすことにした。帰宅してからの抑制剤は強い方ではなく今まで通りの弱い方を飲んだ。こっちは効ききってない……つまりムラムラしちゃうんだけど、副作用のこと考えれば、弱い方を出し続けていた先生の見立ては正しかったんだろうな。  俺の体質ならこの弱い方の薬で発情を抑制出来るのが健全らしい。ところが俺は片想いをこじらせていたせいでフェロモンを過剰分泌させていたから、この薬じゃ抑えきれなくて。でも景久君と付き合いはじめたので、それもきっと落ち着いてゆくと思う。  ――そう。景久君と、お付き合いをはじめました。  勿論今度はちゃんとしたお付き合い。交際ですよ交際。  全国大会が終わった日の夜、地元まで戻ってきて市駅で解散した俺たち。俺は三つ向こうの自宅最寄り駅に帰る為に乗り換え。景久君とは市駅でお別れのはずだったんだけど、追いかけて来てくれて、 「ちゃんと言えていなかったから、言う。『晴、俺と付き合って下さい』」  壁際で囲い込んでそう言ってくれて。その時に勢い余ったのか、『つがい契約』がどうとかも言ってたけど……そこまではまだちょっと早いんじゃないかと思うよ。  まあともかく、俺は大慌てでお付き合いをOKした。  俺の発情や副作用で体調が万全でなかったこと四位に終わったことを、俺以上に景久君は嘆いて責任を感じて落ち込んでいたから――彼がそんななので俺自身はあまり落ち込まずにすんだ――、もしかしたら『両想いだけど付き合わない二人』になってしまうんじゃないかと危惧していたので、景久君が自分からはっきりと言ってくれたのがとても嬉しかった。  まあそれでも、付き合いだしたからって寡黙な人がいきなり饒舌になるわけもなし。携帯でメッセージをぽつりぽつりと往復させる程度のゆるいお付き合いです。  で、発情期が明けまして。  まずは舟木の師範達にご挨拶です。景久君にも行くのを伝えたので、二人揃って全国大会の成績を自分の口から報告して、来年への抱負を語って――来年こそは全国優勝を実現します――また一年宜しくお願いしますってご挨拶をしました。  そしてその後は〝デート〟です!  と言っても、地味&ローコストね。俺が作ってきた弁当を灯台で食べるだけ。  灯台は、前に公園に行った時に約束した所。二人で自転車がしがし漕いで、切り通しみたいな細い階段をげしげし登って。たどり着いたのはずんぐりした形の灯台が立つ岬。灯台周辺は結構ひらけていて、ベンチなんかも設置されているんだ。  でも俺は木陰にレジャーシートを敷きました。  だって、恋人なんだよ恋人っ。一緒に一枚のレジャーシート使ってもいいんじゃん!  ……という所にこだわりがあったから、お弁当は重箱にデザートにフルーツにと、箱が複数になるように作りました。そしたらシートに展開しないと食べにくいじゃん? ほら、シート使っても不自然じゃないじゃん?  まあ、そんなのにこだわってるのは俺だけなので、景久君は特に何を思うでもない自然体でシートに座ってくれた。俺は逆に、その事に大興奮というかテンションあがりまくっちゃったけど。 「すごい豪華だな……」  俺がずらっと並べた弁当を前に、景久君は面映ゆそうにしている。 「すごいでしょ。我ながら頑張ったでしょ」 「すごいすごい。がんばったすごい」  と言っても俺の作れる料理なんてそんなに多くないので、品数よりは量で勝負です。見た目だって父みたいに華やかには出来ていません。ただし天むすは作った。こないだ景久君が美味しかったってしみじみ呟いていたから、そこはとーちゃんに作り方を教わって頑張った。  そんな甲斐あって、それなりの量のあった弁当はあっという間にカラになり、俺も景久君も理由は違うながらも大満足したのだった。 「晴すごい……美味かった」  食べ終わった景久君が幸せそうにしているのを見るのが幸せだ。 「へへ、良かったぁ」  食べ終わった後は弁当箱を片付けて、お腹が落ち着くまではゆっくりしようねって事で二人でシートの上で寛いだ。景久君はやっぱり本を持ってきていて。じゃあ俺は読書する彼の膝を枕に寝てしまおう、みたいな――なんの断りもなく頭を乗せてみたんだけど、景久君ってば嫌がるでもなく撫でてくれるんだよ? ちょっと照れた顔しつつも優しく撫でてくれるんだよ? 甘やかされてる感じがくすぐったくて嬉しすぎて、結局寝るどころじゃなかった。  だから結局膝枕はそのままに携帯でレーシングゲームを始めたんだけど、そしたら景久君が興味を持ったので、同じゲームをDLして二人で対戦しました。楽しかった。  それに飽きてからやっと灯台周りを散策しはじめて。 「ねえ、結局式部さんは佐那ちゃんの巫女舞を見たの?」 「ああ。あいつ何なんだ? 感動して涙ぐんでたぞ」 「あは、佐那ちゃんがきれいすぎたんだろうね」  木陰を抜け出して灯台の元まで歩き、そこから岬をぐるりと回る。崖ぞいに巡らされた転落防止柵に指を辿らせながら歩いていると、反対の手を景久君に引かれた。握った手で引き寄せられて、崖際から離されてしまう。 「来年は晴も来ないか? いい息抜きになると思う」  今年は俺がピリピリしていたから、誘ってくれた式部さんを断ったんだった。  景久君のお家周辺には、小六の合宿以来近づいた事がない。今年の五月頃に姉と総ちゃんに誘われたけど、その時も断った。悲しい思い出のある場所だけど、その原因が払拭された今なら行っても楽しめるかなぁ。  来年こそ悲願の全国優勝を狙うつもりなので稽古の手を抜いたりはしないけど、でもきっと今年よりも来年の方が楽だと思う。だって、俺を不安定にさせていた景久君とこうしてデートまでする仲になれたから、何の憂いもなく剣道に邁進できるもの。  だから、ちょっとくらい息抜きしてもいいかもね。 「そうだね。それもいいかも」  にこっと笑って返事をすると、景久君はなんだかほっとしたような笑みを見せた。  景久君に導かれるように岬の突端までやって来た俺たちは、そこで立ち止まる。他に人の姿はなく、遠く沖に白い船の姿が見える。空は真っ青に澄み渡り、水平線に入道雲が浮かんでいた。  ご機嫌な夏の一日である。  けれどもう八月も下旬だ。 「もうじき夏休みも終わっちゃうね。来年は一緒に花火とか見に行きたいね」  なんて言って、さりげなく来年の約束を取り付けてみる俺――って、そういえばさっき既に来年の夏の約束をひとつしたわ。景久君の方が気が早かったわ。 「この街の花火はいつなんだ?」 「実は二十七日なんだけど、景久君実家帰ってるんでしょう?」  明日から帰省して、こっちに戻るのは新学期前日だとさっき聞いたのだ。 「うわ、そうなのか……残念だな。いや、でも――」  景久君は少し考えてから、言葉を継いだ。 「……二十七だけこっちに出てこれたら、一緒に花火に行ってくれるか?」 「え? 出てこれるの⁉」 「特に用事があっての帰省じゃないからな。向こうで用事をいれなければ帰ってこれるはずだ」  まあ親次第なんだが、と続けるのを聞きつつも、俺はうんうんと頷いた。 「行く! 行くよ! 一緒に花火行こう! うわあ、楽しみ~っ」  じゃあ、何か服を買わないと!  今日は残念ながら、いつも通りのだぼついた半袖パーカーを着てるんだけど、やっぱ子どもっぽいし。せっかくの花火デートなんだから、もうちょっと大人っぽくしてみたいじゃん?  あと――……。 「……二十七の夜にとんぼ返り?」  恥じらいつつも思い切って訊いてみると、意図は伝わったらしい。 「……夜は下宿に泊まって、二十八の昼か夕方に帰ることにする」  とほんのり頬を染めつつ答えてくれた。  ――わあ、お泊まりデート、出来ちゃう……⁉  そう思うと期待と羞恥で緊張しちゃって。  本当は岬でキスでもしたいなあなんて思っていたんですが、……そんなことしたら色んな意味で爆発しそうだった俺たちは、至極健全に灯台デートを終えた。
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