35.【晴/恋人デート2/3】

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35.【晴/恋人デート2/3】

「いいと思うよ。お似合いだよ~!」  そう言って太鼓判を押してくれるのは、行きつけの服屋のお兄さんである。と言っても実際には『俺の服を買う姉が常連』なのであって、俺がひとりで来るのは初めてだったりする。  『今までとは違って大人っぽくてきれいな感じにしたい』と言う俺にお兄さんが出してくれたのが、色づきにムラのある灰色のサマーニットに藍色のズボンだ。ズボンは腰回りがちょっと緩くて、普通よりも丈が短い感じ。サマーニットは編み目が大きいから透け防止に、って黒いインナーも着させられた。  冬はチノパンかジーパン、夏はカーゴのハーフパンツ、上着は常にパーカーみたいな服装で過ごしてきた俺には良く分からない。サマーニットとか、初めて着たよ。 「ちょ、ちょっと大人っぽすぎない……?」  ていうか、襟ぐりが広いから鎖骨がほぼ丸見えだし。だからプロテクターも丸見えで、なんかすごく恥ずかしい。それに、肩も腰も細すぎるのが丸見え……なにもかも丸見え感でいたたまれない。 「ふぅん。そうかねえ。じゃあこういのは?」  さっきのサマーニットよりも細身で白っぽいものに替えて、上にパーカーを羽織る。いつものだぼついたパーカーとは違って、すっきりと脇も腰も締まったやつ。淡い感じの灰青色で、フードの中と前身頃の合わせの内側がネイビーのボーダーだ。 「さっきよりもかわいくなるけど、きれいめなかわいさだし、背も高く見えるよ」 「あ、これいい」  俺はぱっと笑顔になって、鏡の中の自分を見返した。結局パーカーに戻っちゃったけど、落ち着くし。いつもよりも断然大人っぽいし、重ね着で体型もカバーしてくれてるし。これいい。 「この良さがやっと晴君にも分かるようになったのねえ……。今度は環ちゃんと来て好きなように選ばせてあげなさいよ。あの子泣いて喜ぶから」 「う。はい」  お兄さんは余計なお世話を言うけれど、おしゃれなものを買い与えたい姉にだぼついたパーカーばかり買わせて来た覚えがあるだけに、頷くしかない。    そんな訳で、花火当日です。親には『翔也と花火に行ってそのままお泊まり会する』と言ってしまった。  名前を使うから翔也にはお断りを入れたんだけど、『やっとよりを戻したの。良かったねえ』と呆れつつもほっとした態度を取られてしまった。……そんなに俺たちって、傍から見ると〝両想い〟だったのかなあ? 俺は景久君の気持ちになんかまるっきり気付かなかったけども。  市駅の改札で待ち合わせた景久君は今日もかっこ良かったです。黒いスリムなTシャツと、足首まで覆い隠すだるっとしたカーキ色のカーゴパンツにいかついスニーカー(に見えて、スニーカーに似たいかついサンダルだった……。なんだもしかしておしゃれさんなのか⁉)履いててやたら格好いいです……。やはり身体か。筋肉の張りが違うんだろうか。  『よお』とか『やあ』みたいな挨拶を照れまじりに交わし、すかさず俺の手を取ってくる景久君。以前から腕を掴んで来てたけど、あれは本当は手を繋ぎたかったのかなぁって思い当たるとにやにやしてしまう。 「今日もパーカーだけど、いつもと何か感じが違うな?」 「え、そお?」  気付いてもらえて内心嬉しいのに、おしゃれをしてきたとばらすのは気恥ずかしいのでそらっとぼける。  人通りに沿って海岸へと移動し、屋台で色々と買い込んでは食べる。そんながっつりとは食べられなかったけど、この後の事を考えると喉を通りそうもないから適度でいいや。  で、花火を見て、撤退。  ――花火目的で誘ったデートのはずだったのに、すっかり花火が添え物になってる。  でも仕方なくない? 仕方ないよなあ、男の子だもん。  人混みを逆流するような勢いで撤退した俺たちは、誰にも見とがめられずに景久君の下宿に入り込んだ。途中で舟木の師範の誰かに出会ったりしないかとドキドキしたよ。  初めて入った下宿は、玄関を入ってすぐが広い廊下兼台所になっていて、階段やトイレとお風呂にも繋がっているっぽい。景久君の部屋は一階に二部屋あるうちの奥の方だけど、手前の部屋は物置みたいにして使っているらしい。  畳敷きの私室に通されて、一年半過ごしている割には物の少ない部屋だなあって思ったけど、剣道に明け暮れてばかりなのだからこんなものなのかも知れない。家具は教科書や文具が整理された本棚と、学習机はないからちゃぶ台で勉強してるのかな。揃いで置かれた藍染めの座布団がなんとなくレトロでかわいい。  ――そして、奥の壁際にベッド。  さあ、ますます緊張してまいりました。  やるぞ! ってやる気満々で乗り込んで来たものの如何せん未経験だし、あっけらかんとがっつくには、景久君の事好きすぎて嫌われないように振る舞いたい、という欲がありまして。一体どうすればいいのやら。  景久君もそんな感じなのか、お互いに微妙に目を逸らして恥じらっている俺たち。  キスでもしたら……とは思うものの、そしたらきっと風呂にも入らずにノンストップだ。夏の夜に人いきれと屋台の煙の中を歩いて来たんだぞ。身体は洗わないと駄目だよぉ。  と思っていたら、景久君がお風呂場に案内してくれました。 「着替えとかは持ってきてないよな?」 「明日着る服は持ってきてる」  だからそれなりに大きなリュックだった、んだけど……良く考えたら寝る時に着るもの持ってこなかった……。 「そっか。――でもまあ風呂上がりに明日着る服着込むのもなんだし、……これ着たら」  と言って脱衣所のカゴに置かれたのは、……景久君のジャージですかね。胸の縫い取りを見るに中学の時のっぽい。部屋着にしてるのかな? 「それもう俺には小さくて最近は全然着てないやつだけど。でも洗っといたからきれいだぞ」 「ありがとう。じゃあお借りするね」  わざわざ俺の為に洗ってくれたとか嬉しいじゃん。一緒にいない時も俺の事考えてくれてたなんてさ。  で、お風呂をお借りして身体を拭いて……うん、大きい。中学生の景久君は今の俺より既に大きかったんだな。 「お待たせしましたー……」  袖も長いけど、ウエストが留まってくれない。やむなく押さえながら景久君の部屋に戻ると、景久君が俺の姿を見て破顔した。 「……ゴム、適当に絞っていいから」  口元押さえて笑ってるのを隠しながら、入れ違いで風呂に行くんだもんなー。……どうせちっこいよと思いながら、ウエストゴムをぎりぎり絞り上げた俺。もちろんズボンの裾だってまくるよ。  まあでもこんな小細工をしたって、どうせすぐ脱ぐ――って考えたら赤面しちゃって、胸がドキドキしてきた。  景久君が立てる水音がなんだか生々しいし、かと思ったら案外すぐに上がってくるし。  上がって来た景久君は、普通にスウェット穿いて白いTシャツ着てた。……しつこいようだけど身が詰まってると何着ても様になるね。それをちょっと口惜しいと思いつつも、胸が高鳴るのの方が激しい俺。だってなんか、……なんか色気というかそういう雰囲気というかがにじみ出てる感じが……!  怖じけた俺とちょっと不機嫌そうにも見える景久君。でもどっちも、単に期待と気恥ずかしさでいっぱいいっぱいなだけなのだ。  景久君は俺と目を見交わすと、何を言うでもなく唐突に部屋の明かりを消した。  畳を踏みしめるかすかな足音とほぼ同時に抱き寄せられ、唇を重ねられる。わあ、三回目のキスだ――なんて数える余裕があったのはその時だけで、それからすぐにベッドにもつれ込んだ俺たちは幾度もキスを交わし合い、おぼつかないながらも舌を絡めたり吸ったりしはじめたのだった。
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