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41.【晴/三回目2/2】
そんなやり取りを経た後、九月の第一土曜日を迎えた。
俺は気恥ずかしさから家族には景久君とのお付き合いを伏せていたのだが、『それは誠意がないだろう』と独断で俺の両親に断りをいれた景久君。気恥ずかしさはますます増えたけれど、彼のその気持ちが嬉しかったので、俺も自分の口から親に告白しました。
そしてその翌日の日曜日――もちろん稽古で舟木剣道場を訪れた俺は、真面目に稽古に励んだ後に景久君の下宿に足を踏み入れた。
午後三時半を少し過ぎた頃。暦の上では秋なんだろうけど、障子紙を透かして夏の陽がぎらぎらと照りつけている。それでも、空調を付けっぱなしにしていたらしい室内はひんやりと心地良い。
「晴」
ふすまが閉じられた途端に、後ろから抱き寄せられる。
景久君の抱擁を受ける俺は、名前を呼ばれただけで頬を染めてしまった。だって、いつもの声と全然違ったんだよ。すっごい甘くて、なんていうか濡れた声っていうか……! あ、欲情してんだな、ってのがありありと分かる声……!
「か、景久君……」
プロテクターの硬い感触もものともせずに、景久君は俺の首筋に鼻をうずめてくる。
やだちょっと汗臭いと思うんだけど……! 着替えはしたけどシャワーは浴びてないんだよ……っ。
「ちょっ、洗ってくるから待って……! そんなに匂い嗅がないでッ」
「臭くないから大丈夫だ。それよりも汗に混じって少しだけフェロモンが香るような」
「ええッ⁉」
誘引フェロモン⁉ 大問題じゃんッ⁉
「この距離でやっと分かるくらいだから――だから他人に嗅がれる恐れはないだろ? 大丈夫だ」
そ、その思わせぶりな言い方……! ますます赤面しちゃうじゃん。
「も、もう! とにかくシャワーしてくるからねッ」
羞恥が頂点に達した俺は景久君から逃れると、ごそごそ荷物を漁って換えの下着――とそれにくるむようにしてローションのボトルを取り出した。
「またこれ着るか?」
景久君がジャージを見せてくる。こないだも着たやつだ。
「ありがと」
それを受け取ろうと手を伸ばして――隠していたローションが下着の中からつるりと逃げた。
ごと、と音を立てて畳に墜落し、ごろんと転がるローション。
「……晴? なんだこれは」
「え、いやあの…………自分でローション入れるとこまでやっておこうかなぁって……」
非常にかっこ悪いところを見られてしまった俺は、笑ってごまかしながらローションを拾い上げる。
「へへ、じゃ、行ってくんね」
着替えごとローションを抱き込み、平身低頭しながら部屋を出ようと背を向けた俺。ところが景久君は、後ろから俺の肩をがしっと掴んで来た。
「一緒に入ろうか」
「え……っ」
戸惑う俺をよそに、景久君は俺の肩を抱いて連行するように浴室へと向かう。そしてぱっぱと服を脱がされて、景久君自身は自分で脱ぎ捨てて、いざシャワー。
「自分でやるってばぁ……」
頭も身体も景久君に洗われちゃう俺。さすがに胸とか前とかは自分で洗ったんだけど……、えっと、……それで行くと、一番重要な部分を景久君の目の前で洗わなきゃいけないってことなの……?
や、それはさすがに無理でしょ恥ずかしいでしょつらいでしょ⁉
――と思っていたら、景久君は俺の身体をくるりと返し、やにわにシャワーヘッドを俺の尻に向けたのである。
「ぎゃー! ちょっとッ。向こう向いといてくれたら自分でやるんでッ」
「馬鹿。自分でさせてどうするんだ」
ボディソープをまとった指が尻の狭間に潜り込んでくる。
「や……っ」
「そもそもなんで自分でするなんて言う。俺にさせればいいだろう?」
「だ、だって手間じゃん……」
俺がそう答えた途端、俺の内部を割り開いた指が的確に前立腺を突いて来た。
「ひゃ……!」
このタイミング。絶対にわざとだ……!
「やだ、なんで……⁉」
なんか景久君怒ってるっぽいけど、なんで?
良く分からないままに感じるところを探られながら内部を洗われ、俺はその度にびくついたり喘いだりと大忙しだ。そしてその次にはローションでぐじゅぐじゅにされて、さっきよりもひどく喘いだ。お腹の中がきゅうきゅうするし、胸は切なくて身体全体がびりびりする感じ。ただ準備をされているだけのはずなのに、感じまくっちゃって立ってられない。
俺を抱え込んで座った景久君は、俺に何度もキスを繰り返しながら、より深くへとローションを塗り込めてくる。経験豊富じゃないけど未経験でもなく、かつオメガ故か、俺の身体はすんなりと柔らかくなるようだ。指はどんどん増やされて、景久君を受け入れる隙間を作られる。
「ぅ……、もうゃだよお……」
向かい合って抱き込まれているから、景久君のあれが俺の腹にごりごり当たる。すごく硬くて大きくて、熱い。勿論俺のもその気になりまくってて、俺はそれを景久君のにこすりつけるように腰を揺らめかせた。
熱い。
景久君のそれも、俺の尻を掴んで持ち上げている掌も、なにもかもが火照るように熱い。俺は彼のその熱を身の内に迎え入れたくて仕方がなくて。
「ねぇ……も、いれよ……」
だってもう、十分だよ。景久君入ってこれるもの。
ところが景久君は、俺のお誘いを聞くなり深い深い溜め息をついたんである。
――え。何その反応……あ、もしかしてこういうの言われるの嫌……?
途端におろついた俺を見おろした景久君は、
「なあ、お前はこれを〝面倒な作業だ〟と感じてるのか?」
と訊いて来たんだ。
「え」
一瞬意味が分からなかった。
「だから自分で、とか言い出す――俺が面倒だろうと勝手に推測して?」
あ。
「……俺はこれも含めて〝セックス〟だって思っているし、たのしい」
たのしい、のところで景久君は、硬く猛ったものを俺の腹に押しつけて来た。
ああ……。
「……っ、ごめんなさ……ッ」
ここまでされたら俺にだって分かった。
景久君が風呂までついてきた意味。強引に俺を洗ってきた意味。
「俺オメガだけど男だから……ッ、全然、濡れないし、ぺったんこで平べったくてひんそーだからっつまんないかなって……!」
べそっと泣きそうになって慌てて涙を散らし、景久君にすがりつく。
景久君は俺を抱きしめて、背を撫でてくれた。そして先程とは全然違う優しい声を掛けてくれる。
「馬鹿。そんなの全部分かった上で付き合ってるんだろ?」
「うん、うん……そうだよね」
大丈夫なんだ。俺、面倒がられてなんか全然なかったんだ。
昔っからずっと俺ばっかりが景久君の事好きだったせいで、どうにも卑屈になってしまうみたいだ。正直、景久君が俺のどこ気に入ってくれたのか全然わかんないから、『もしかして好かれてるのかな?』って自信持ってもすぐにどっか飛んでっちゃうんだよね。
でも、そのせいで景久君をこんな風に悲しませてしまった。
気をつけよう。
――景久君に好かれてる実感を、頑張って保つぞ!
「じゃ、晴は身体拭いて部屋に行っておいてくれ。俺は自分の身体洗うから」
「え」
「いやだって、ここでは入れないぞ? ゴム持ちこんでないからな」
「あ――はい」
ごもっともです恐れ入ります……いつも冷静だな……だけど、俺がふいに発情しちゃった時もああ見えて実は興奮してたって言ってたし。景久君のに視線を落とせば、それはさっきと変わらないままだった。その事に勇気を得てにこっと笑い、
「じゃあ、部屋で待ってるね」
俺は浴室を出た。
まあその後はちゃんと抱いてもらえたんだけど――――なんか……すごかった。こっちが吃驚するくらいの速度で戻って来た景久君、バスタオルにくるまって待ってた俺を押し倒すなり挿入てくるんだもん。お風呂ですっかりとろとろにされていたから痛みはなかったけど、初めて後ろから入れられてガンガン突かれて、……むさぼられてる感がすごかった。……こんなこと言ったら変態みたいだけど、余裕なさげな景久君に俺は滅茶苦茶興奮しちゃったよ。
――そんなにがっつくほど、俺の事、欲しがってくれてるの?
それだけでも嬉しいのに、くるくる体位を入れ替えて抱きすくめられてキスを沢山されて、晴って名前呼ばれて、耳元でいっぱい甘い事を囁いてくれて――普段あんまり思ってる事とか言ってこないくせに、今この時とばかりに頑張って言ってくれるぎこちなさがかわいくて、嬉しくて、すっごく幸せな三回目になった。
終わった後は疲れてつらかったけど、我が家の夕食時間までには家に帰り着けた。
景久君は今度こそ絶対に送ると言い出して諦めてくれなかったので、送ってもらった――と言っても駅から自宅まで自転車ですし。景久君も通学用の自転車があるので、並走って感じで。
「ここ俺の家。隣はかーちゃんの実家」
結構高級な住宅街に横並びの仁科家と鯨井家。筋違いだけど、翔也の家もこの近辺だ。
「……大きいな」
「七人家族だもん。俺たちが生まれるちょっと前にリフォームと増築したんだってさ」
そんな雑談の後に、景久君は帰って行った。
本当はお茶でもって誘うべきなんだろうけどさ。昨日交際宣言をした時、父が珍しくピキッと来てたみたいだったから、まだちょっと会わせるのは怖いなあって思っていたので助かった。
まあそんな感じで、俺が景久君の下宿に遊びに行った後は家まで送ってもらう流れが出来て。父や母も俺たちの動向には気付いているだろうけど、わざわざ挨拶に家から出てきたりもせずそっとしといてくれてるみたいだ。
こうしてごく順調に、家族やクラスメートに公認されて、俺たちの交際は軌道に乗り始めたんである。
(おわり/次こそ体育祭行きたいです……)
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