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42.【晴/体育祭1/2】
さて十月といえば。
そう、『体育祭』である。
二学期に入るなり体育祭実行委員が選出され、実行会議が開かれた。委員は俺と式部さん。俺は賑やかしは得意だけど上に立ってまとめるとかは苦手なんで、牽引力のある式部さんと一緒で本当に良かった――と思っていたんだけども、その実行会議で式部さん、
「2-Bはアルファが三人も揃ってて良かったな。上位入賞出来なきゃ恥ずかしいだろなあこれは」
と三年生に煽られてしまったのだ。
その三年生の言い分も多少は分からんでもない。何故と言えば、昔、高野台高校ではアルファはA組に固める方針をとっていた。その為に結局は3-Aがクラス優勝する展開、ひいてはA組の属する紅白が優勝する展開がそこそこあったようだ。それが今年からはアルファ、ベータ、オメガをひっくるめてのクラス編成に変更になったのだが、何故か2-Bには二年生のアルファが全員揃っている。
つまりそれだけ、我が2-Bは有利なのだ。
「――と言うわけで、我がクラスは優勝を狙います」
HRにて、教卓に立った式部さんは厳かに宣言した。
「……お前の気持ちは分かるけどよー、どうせそういうのは優勝しても『当たり前』。優勝を逃したら『情けない』って言われて、どっちにしてもけなされるんだぞ~」
「なに腑抜けたこと言ってんのよ松山! 同じけなされるなら優勝した方が気持ち良いじゃない!」
式部さんは松山をののしってばしんと教卓をしばくと、
「その為には足の速い子! 問答無用でクラス対抗リレーに回すからね。とりあえずうちのクラスで一番足が速いのって誰なの男子?」
とクラス中を睥睨した。
彼女の後ろで種目名を黒板に書き出していた俺は手を止める。えーと……。
男子はみんな戸惑い、女子はそれを不思議そうに眺めている。
「松山なの景久なの? アルファは一人しか参加出来ないから、早い方でお願いするわね。――で、どっちが速いの?」
「そりゃ野球部の松山の方が速いが――実は一番速いのは、晴だ」
と、式部さんの肩ごしに俺を示す景久君。
式部さんは弾かれたように振り向いた。
「ええッ⁉」
彼女だけでなく、女子はほぼ驚いている。そんなに意外かなあ? アルファは体格と筋力に見合った重量級じゃん。そこへ行くと俺なんか軽量級な訳で。
「書いとくね……?」
俺はペコペコしながら、クラス対抗リレーの欄に『仁科』『松山』を書き入れる。そして女子は式部さんを筆頭に、問答無用で速い子の名前で埋めていく。
式部さんのやる気が皆に伝染したのか、特に抵抗も波乱もなく、それぞれの出場種目が決まっていった。
クラス対抗リレーからあぶれてしまった景久君は、二人三脚リレーに出る。なので俺はそっちにも出る事にした。
「いちゃつかないでよね」
って式部さんに注意されたけど。そんなまさか――いや、一緒に走るのは確かに楽しみだけど、それだけじゃ終わらせない。本気で走ってぶっちぎってやるよッ。
そして約一ヶ月程度の準備期間を経て、運動会当日。
幸いにして気持ちいいくらいの秋晴れになった。実行委員の俺は準備の為にちょっと早めの登校をしたので、景久君と自転車置き場で会う時間がなかった。実は自転車置き場の影で待ち合わせて、ちょっとだけぎゅっとするのが日課になっていたから、淋しい。
だから開会式だのなんだのが終わって二人三脚リレー参加の為に集まった時、嬉しくて仕方がなかった。
「たすき結ぶね」
貰ってきた黄色いマジックテープで景久君と俺の足をいそいそとひとまとめにする。こうやってしまえば密着せざるを得ないから、誰はばかることなくくっつける。
立ち上がると、俺の肩に腕を回してくる景久君。いつもなら人前でこんなに密着するような事はしないんだけど、今はしゃーないよね、と俺も彼の腰に腕を回す。だってそうやらなきゃバランス悪くて立つのも歩くのもやりづらいからさ。
景久君と顔を見交わして、俺はえへへと笑った。
今日はじめてこんなにくっついたぞ。腰に回した手のひらや腕に彼の体温を感じるのが、気恥ずかしいやら嬉しいやら。
「2-B、バトンもらいに来て」
そんな声を掛けられて、第一走者の俺たちは黄色いバトンを受け取りに移動する。
そして入場ゲートで他愛ない話をしながら出番を待っていると、
「2-Bいちゃついてんな-」
と聞こえてきた。
「カップル出走とかすっげえな」
「話題性で勝利、ってか?」
「勝負自体は捨ててるらしいな~」
黒いバトンの三年生達が、俺と景久君を嘲っている。こっちを見ながら大きな声を出しているので、聞かせたいんだろう。
ちらっと見上げると、景久君は苦笑を浮かべていた。そりゃね。カップル出走なのは確かだけど、話題性もあるかもしんないけど、こちとら勝負を捨てたつもりはないからね。
「2-B頑張って走るので、先輩方よろしくお願いしま~す」
俺は景久君の腰に手を回したままもう片方の手を振って、やつらに向けてにっこりと笑ってやった。うん、あんたらの目玉が飛び出るくらいに頑張って走るからね!
俺の対応の馬鹿っぽさに面食らったのか、やつらはばつが悪そうに目をそらす。赤くなったりして、そんな恥ずかしがるなら最初っからこんな恥ずかしい真似しなきゃいいだろ~に?
で、前の競技が終わったのでやっと出走。
俺と景久君はもたつくこともなく、息を合わせて走り切れた。なので、他のクラスがどんな走りを見せたのかは知らない。だって、誰の背中も見なかったからさあ。黒いバトンなんて、勿論視界にちらつきもしなかったよねえぇ。
「一位~!」
次の走者二人にきっちりバトンを繋いで、俺は人差し指をふりたてながら笑う。
俺と景久君が稼いだ差は少しずつ縮められていったけれど最初の順位を守りぬき、最終走者は見事ゴールテープを切った。
「やったー!」
2-Bの観覧席からとどろくような歓声があがっている。
それに応えて手を振りつつ走り、俺たちはクラスに合流した。
「晴君本当に速かった! すごいねー!」
「みんな速かった。お疲れ様ー!」
「かっこ良かったよー!」
拍手と笑顔で迎えられて、褒められる。あー、良かった。
後は綱引きで勝ったり、借り人競争で佐那ちゃんが式部さんを借りて行ったのに――ロングヘアーがお題だったらしい――、途中で派手にこけちゃって、式部さんが抱っこしてゴールしたら結局棄権になってしまったり。翔也が障害物競走で奮闘して松山が感動していたり。
そして午前の最後は、応援合戦である。
クラス全員参加で大々的にやる学校もあるみたいだけど、うちはクラスから選抜した十人程度のグループが本部の前で順繰りパフォーマンスを披露するコンパクト形式。
応援団長は松山にして大声を張り上げてもらって、俺と景久君はセンターで剣舞。景久君が剣道の全国三位なのは今や学校中が知るところなので、そういうパフォーマンスになったのだ。剣道と剣舞や剣術は全然違うんだけど……こまけえ事はいいんだよ精神で押し切るらしい。というか、企画を立てた式部さんの頭には、佐那ちゃんの巫女舞があったっぽいよ。景久君の実家の榊神社って、そもそもはご神体が剣の形をしているそうで、その関係で奉じる巫女舞も剣舞なんだとか。
景久君は人前で舞わないけれど巫女舞自体は覚えているので、式部さんの希望に添う形で短い剣舞を組み立ててくれた。そして派手さも必要だろうって事で、締めにはロンダートからバク転を繋ぐ。競技枠の端と端で向かい合い、ロンダートで中央付近に進みバク転で交差して、最後は背中合わせにポーズを決める感じ。
で、これを白道着と紺袴でやるんです。
俺たち普段は藍染めの道着で白は持っていないので、景久君が舟木師範に聞いてみたら、白の道着を貸してくれたんですよ。剣舞をやる俺たちの後ろでは数人が群舞をやるので、その人数分も。ありがたい。
俺は剣舞がそれっぽくなるように景久君に教わり、景久君は俺に器械体操を教わった。どうにも俺が教えにくいところ――左右対称の動きをしたいので、ロンダートへの入りが俺と景久君じゃ逆手になるんだけど、それがどうにも難しかったり。ロンダートが側転に化けたり――があったので、元体育教師の我が母に教えを請うたりもしまして。
学校でクラスメート達とも練習を重ね、ペアの剣舞は景久君と二人、格技場や舟木剣道場で練習を重ね。
――そしてとうとう本番です。
秋晴れの蒼天に映えて、白道着の景久君の姿はすっごい清爽でした。
松山の口上も太く大きく通り良く、式部さんの叩く太鼓も的確でした。
群舞は藍染めの道着に紺袴、そして白手袋。この白手袋が動きにアクセントを添えてカッコいいんだよね。逆に俺と景久君は銀色の模造刀(ダンボールを切り出して整形して色を塗った。美術部の子がかなり頑張ってくれた)を目立たせたいので、手袋はナシで。
その模造刀を手に剣舞を舞い終え、中央に模造刀を置くと側転で両端に下がる俺と景久君。そこからロンダートで中央に戻り、バク転で交差して模造刀を拾って構え、最後のポーズを決める。
途端にわぁっと歓声があがった。俺たちのクラスからは勿論、それ以外からも。
反応の良さに成功を悟り、俺と景久君は模造刀を触れ合わせてから姿勢を正し、本部に一礼する。
それを合図に次のクラスへと場を譲り、俺たちは退場門へと進んだ。
進む道中、観覧席からは通りすがりに「あの子オメガなのにすごい」「アルファの子と同じくらい動けるんだねオメガでも」などの声を聞いた。勿論、景久君への賞賛や単純に俺たちのクラスをたたえる声などもあったし、凜々しい袴姿の式部さんに黄色い声援が上がったりもしていたが、俺を驚愕と好奇心から見つめる目が一番多かった気がした。
――つまり、俺は目立ちすぎたんだと思う。
剣道部の団体戦全国優勝や景久君の三位入賞、そしてその景久君と付き合っているといっても、俺自身は彼らの添え物だったから。俺本人が目立った事はなかったんだよな、今まで。
そんな俺が予想外の活躍を見せた為に――――事が起こったのは、昼の部が始まってからだった。
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