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ウサギの耳の女の子
俺の住む町では、9月の十五夜に、団子を墓に備えることになっている。なんでも、ご先祖様と一緒にお月見を楽しむためなのだそうだ。ところが、翌朝、団子を下げにいくと、1つか2つ減っていることがある。それを俺の地方では「ウサギが月に持って帰った」と言っている。
小学6年の頃、俺はことの真相が知りたくて、夜中の墓で見張りをした。今日はそのときの話をしようと思う。
午後8時、日は沈んで、とっぷり夜に暮れた墓。墓から見下ろす町並みは、家の明かりや車のライトで明るくて、1人の寂しさを紛らわせてくれた。ひんやりした風が気持ちよくて、その辺に生えているススキをちぎって墓に供えたり、とにかく、ウサギがくるまで暇をつぶしていた。
近くでガサガサという音がした。俺は、隣の墓に身を隠した。隣の墓は、もう墓参りをしてくれる人もいなくて、お供えも花も何もない。その墓石の影を使わせてもらって、俺はじいちゃんの墓を見張る。
どんな生き物がでてくるのかワクワクした。じいちゃんの幽霊かもしれないし、隣の墓のお化けかもしれない。ろくろ首かもしれないし、のっぺらぼうかもしれない。俺は心を躍らせて、息を殺し、相手が出てくるのを待った。
ウサギのような影が見えた。デカい。しかも、2足歩行。ウサギは7つ並んだ墓をあちこち跳ねて、じいちゃんの墓の前で止まった。田舎なので、ちゃんと団子を供えているのはじいちゃんの墓だけだったのだ。
「今年はきな粉がかかってる!うわあ、最高!3つもらっちゃおうかなあ!」
女の子の声がしたので、俺は思わず、そいつの顔を懐中電灯で照らした。
「ぴゃぎいいい!まぶちい!」
それはウサギの耳をつけた銀髪の女の子だった。
俺はスタスタ歩いて行って、女の子に団子を差し出した。
「3つ食いたいんだろ?食べればいいさ。どうせ、明日の朝になったら捨てるんだ。もったいないから、食ってもらったほうがいい」
ウサギの耳をつけた女子はオロオロとして回りを見渡した。
「ど、どうしよう…」
「だから、食べていいって。」
「えと…」
名前がないと不便だから、仮にウサ子と言うことにしよう。ウサ子が何に困っているのか、俺は考えに考えた末に、団子の皿を持って、墓地を出て、木の陰に座った。
ウサ子が墓の前で困っているようなので、声をかけてやった。
「どうした、来いよ。墓の前で盗み食いするのはさすがに気がひけるんだろう。ここで食べれば、じいちゃんに見えないから、大丈夫だ。俺も腹が減った。俺も1つ食べるから、そうしたら、じいちゃんにとっては孫が友だちと団子を食べたように見えるから、盗み食いじゃないから、一緒に食べよう」
ウサ子がやっとこちらに来た。
「あ、あの、その、こんばんはー。あの、ボクはどうして、こんな夜中に、1人でこんなところに来たのかなー?」
ウサ子そう言ったので、僕は質問に答えてやることにした。
「団子が朝になると少し減っているのが毎年不思議だったから、調べたいと思ったんだ」
俺はそう言って、団子のラップを外して一番上の団子を一つ掴んで、少女に差し出した。
「食べなよ。腹を空かせた奴には恵んでやるべきだって、ばあちゃんも言ってた。誰も怒らないからさ。」
ウサ子はそれをもぐもぐと食べて、ゴックンと飲み込んだ。俺はまた団子をウサ子に差し出した。ウサ子は団子を3つ食べて、こう言った。
「もう、たくさん頂きました。おばあちゃんに、とっても美味しかったと伝えてください」
そう言ってウサ子が立ち上がったので、俺は皿の団子にラップをかけ直してじいちゃんの墓に戻した。
「お家はどのあたりですか?明るいところまで一緒に行きましょう」
ウサ子がそういうので、俺は街道沿いまで一緒に行った。
「俺の家はここからすぐなんだ。おまえの家はどこなんだ?」
「私のおうちは、とっても遠いので、案内することはできないのです」
「じゃあどうやってここまで来た?」
「今日来て、今日帰るのです。そろそろ、時間を逃すと、帰れなくなってしまいますので」
「ふうん」
それでウサ子と別れて、俺は家に帰った。
それで、ばあちゃんに正直に、ウサギの耳を生やしたお腹の空かせた女の子に団子を3つあげたと話した。するとばあちゃんは、それは月のウサギの精霊で、何百年も生きているのだと言った。
テレビが「スーパームーン」というのを特集していた。なんでも今日は、とっても月が大きく見える、特別な日だったらしい。ここから月が大きく見えるなら、月からは地球が近く見えたに違いない。
それからというものの、俺は月がきれいにみえるときに、どうか雲がありませんようにと祈った。だって、雲がかかってしまったら、きっとあのウサギは俺の住んでいる村が隠れていると思って、やってきてくれないだろうから。
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