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天空の長老さま
シルビアはツリーマンの後ろについて、長いこと、月を歩きました。
白い門に着いたとき、ツリーマンに罪人の象徴である手縄を施されました。シルビアはツリーマンにまたねと言いました。ツリーマンは枯れ葉でできた手を振って、またねと言ってくれました。
門をくぐると、そこは真っ白な雲の上でした。動物の耳をつけていない可愛らしい人間の子どもたちが赤ちゃんを眺めています。
長老様が、シルビアを出迎えてくれました。
「よく来たね。ここでは前世の罪は関係ない」
そう言って、手縄を消してくれました。
シルビアは長老さまについて、白い屋根のある天空のテラスに行きました。そこで長老様とテーブルをはさんで向かい合い、白い椅子に座りました。
「おまえはここで何がしたい?」
「私は子どもたちの世話がしたいです。月でもそうしていました」
長老様は白いヒゲの生えた顎に手をやって、うつむきました。
「それは大変に結構ではあるが、ここでは、皆、赤子からやり直す決まりなのだ。おまえの咎と気持ちだけそのままに、記憶を消して、下に降りる。そうしてまたここに戻ってきて、赤子になる。その繰り返し」
シルビアが黙っていると、長老様は白いテーブルを指でつつきました。
テーブルが雲をうつし、森をうつし、道をうつし、そして、人をうつしました。その人は、シルビアにとって知らない顔だけど知っている人でした。
「かつての君の子は、何度か天寿を全うし、今はこうして家庭をもっておる。この者の家族か親戚になりたいか?」
シルビアは首を振った。同じ間違いを犯しそうで怖くなったのです。
長老様はシルビアの顔を見てから、別の景色をうつしました。それは、あのきな粉のかかった団子をくれた男の子の家でした。
シルビアが優しい顔で微笑んだのを見て、長老様は言いました。
「赤子からやり直さない方法もある。…今生きている人間の中に入り、肉体を魂を一緒に支えるやり方だ」
なぜそんな提案をするのかと思って、シルビアは身を乗り出すようにして、テーブルをのぞきました。あの少年はおばあちゃんと二人暮らしだけれど、おばあちゃんはもう体が弱っていて、満足に働けない様子でした。おばあちゃんは、少年が学校に行って一人になると、「ああ、せめて、大地がもう少し大きくなって、立派になるまで、どうかこの婆に育てさせておくれ」と泣いていました。それを見て、シルビアも涙を流しました。
長老様が言いました。
「おまえとこの婆さんは、魂が似ているから、おまえがこの中に入れば、婆さんの活力が戻り、何年かは延命することができるだろう。それでも、少年が大人になるまで生きることは叶わない。少しだけ、寿命が延びるだけだ」
シルビアにとっては願ってもない話でした。子供より先に死ねる人生が欲しいと、ずっと思っていたのです。
それで、婆さまが病にふせった晩、シルビアは婆さまの肉体にはいり、婆さまの魂と一緒に一つの肉体で暮らすことになりました。
大地という少年は大変に賢かったので、婆さまに起こったことが、なんとなくわかっていました。それで、10月の月がきれいに見える日に、お礼の手紙を書いて、婆さまに内緒で団子をつくって持って行きました。
団子は一つも減っていなかったので、大地少年は少しがっかりしました。それで翌年の9月の十五夜を楽しみに待つ事にしました。
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