ロマンチックなんて、もういらない!

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月明かりの下、月明かりを浴びて、二人の思いを月に誓いを立てて結ばれたい……。 映画か、漫画か、小説か……いつ、どこでなのかはもう忘れたけれど、大きな満月をバックに愛し合う男女の姿。 実に絵になる。 私の頭の中にはいつもそんな甘いワンシーンが焼き付いており、ずっと憧れていた。 「いつかは私も……」 そう密かに思っていたことなのだが、ついに実現する日が来たのだ。 「プロポーズは満月の下で」 愛する恋人が、そんな私のリクエストを最高のロケーションで応えてくれた。 場所は真夏の夜のビーチ。 誰もいないそこは満天の星空が広がり、フルムーンが照らし出すかすかな光に導かれるよう、指をつないで二人、ただただ歩いている。 サクサクと砂浜が鳴る。 静かな潮騒、柔らかな潮風が優しく私達を包み込む。 『とっても素敵』 早く願いを実現したい気持ちと、このままこの時間が永遠に続けばいいのにという相反する心地よいもどかしさを感じながら思った。 しかし、約束の時はやってきた。 0:00。 満月が一番空高く上がる時間が訪れると、彼はひざまずいてじっと見つめ、私の左手をうやうやしく扱いながらポケットからエンゲージリングを取り出した。 リングは小さく燃えていた。月明かりを浴びながら。キラキラと。 『なんて、美しいの……』 それはもちろん、物質的なことだけではない。 二人は生涯、この日のことを決して忘れはしないだろう。 気高く、愛すべく、素晴らしいこの時を。 『ああ……長らく憧れ続けたシーンがついに現実のものに……」 胸が高ぶる。 薄雲に隠れていた月が顔を出して私達を照らし出したその時、ついにリングは左手の薬指に差し込まれた。 『私はきっと、この日のために生まれてきたのよ』 20数年程度と短いながらも、今この瞬間こそがこれまでの人生のすべてと言っても過言ではない。 『私、今が一番ときめいている』 そう確信したその時…… 「ポロッ」 指輪がまさかの落下。 「えっ!?」 「嘘でしょ!」 真夏日に凍てつく二人。 すぐに夢から覚めた。 確かに左手の薬指に装着されたことを感じた……のだが、差し込みが甘かったこと、さらには彼が手を離すのが早すぎて、あろうことかそのまま指輪は指からすっぽり抜け落てしまったのだ。 「ちょっと! ちゃんと確認してから手を離してよ!」 「わかるかよ! こんな薄暗い場所なんだから!」 雰囲気を優先した結果、キャンプ地は避けたわけだが、あえて人気のない場所を選んだことをいまさら悔やんだ。 さらに今は真夜中。 頼れる他人など誰一人としていない……。 「動かないで! 砂が動くとやばいって! 見つけられなくなるぞ!」 そう、やらかした張本人である、このアホを除いては。 人がいれば、ライトを借してもらえたかもしれない。 誰かいれば、探すのを手伝ってもらえたかもしれない。 が、いまはタラレバ話をしている場合ではない。 その場にしゃがみこんで二人、必死になって砂をまさぐる。 一体何をやっているのやら……。 美しさから一転、醜い罵り合いは続く。 「ていうか、お前こそなに落としてんだよ!」 「そもそもあんたが、ひざまずくから!」 私が上、彼が下。 そんな状態で指輪をはめるのだらから手の甲はしなだれているに決まっている。 大体なにカッコつけてひざまずいているんだよ! お前は外人か!! 燃え盛るはずの恋愛劇場はもろくも崩壊。一転して修羅場へと突入し、やり場のない怒りの炎に焼き尽くされようとしている。 もう、こうなってしまったらロマンチックもクソもない。 「あの指輪、給料何ヶ月分だと思っているんだ! 絶対探し出せよ!!」 「はっ? あんたの安月給なら何ヶ月でもたかが知れてるでしょうが!」 「お前はそんな貧乏人と結婚を……」 「うるさい! 黙って探しなさいよ。だいたいあんだが……」 ほんっとに最低っ! いつまでこんなことをやらなければいけないのか? まだ、朝日が登るまで6時間近くもあるではないか……。 てか、月明かりが暗すぎ! もっとまばゆい光を! 憎い! 薄暗い月明かりがとことん憎い! 憎すぎる!! そして私は夜空に向かって叫んだ。 「月明かりなんて大っ嫌い!!」 【終わり】
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