現の夢

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「では、手順に沿って」  満足そうに微笑んだ航が、まるで手品のように大きな翼を消す。潤が驚いているうちに、航はぐっとその距離を縮めていた。白い手が、潤の額に触れる。 「自殺を選んだ咎人に、相応の(ペナルティ)を」  途端、体の中まで風が抜けるような奇妙な感覚を追って、たくさんの言葉が頭の奥に流れ込んだ。  更生、猶予期間、1年、条件……さまざまなそれらがペナルティの内容だと理解するのに、時間はかからなかった。 「……、これ……」 「はい。詳しく説明させていただきますね」  不安げな潤の声に、航は微笑みをもって頷く。潤の額に触れていた右手の甲には、魔法陣のような、黄色く光る紋様が浮かんでいた。契約が結ばれた証だろうか。 「まず、貴方にはたった今、ペナルティが課されました。内容は、1年の猶予期間内で貴方の“死を悼む心”を見つけること」  台本を読んでいるようにスラスラと、航の声が潤の頭のなかに流れ込んできた情報を読み上げる。 「このペナルティをクリアするか、1年の猶予期間を終えれば貴方は、きちんとした手順に則って、生を終えることになります」  分かりますかと、人間離れした端正な顔が潤を覗く。陶器みたいな肌は、なんだか作り物めいていた。 「条件のクリア、もしくは1年の経過が認められた時点で猶予期間は即終了となり、命を落とした時と同じ形で死を迎えます。貴方の場合は、この場所ですね」  冗談でも言うように軽い声音で、航は自分の足元を指差す。潤はそれを目で追いかけて初めて、飛び込んだ川が驚くほどに浅かったことを知った。 「最後に、貴方の命は今、私の手中にあります」  あまりに無計画な行動だったのだと、今になって肝を冷やす潤の額から、ふと黄色い光が伸びる。まるで映写機のようなその先に浮かんだのは、航の右手の甲にあった紋様だった。 「これは貴方と私を繋げるものです。例えば条件のクリアや猶予期間が嫌になって逃げ出したとしても、これがある限り、逃げ切ることはできません。最悪の場合には、こちらで仕留める必要が出てくるので」  ふと、航の左手がその紋様を柔らかく包む。途端、潤は心臓を鷲掴みにされるような不快感を覚えた。 「余計なことは、考えないように」 「……脅しかよ」 「忠告です」  にっこりと笑って航が紋様から手を離す。心臓を包んでいた気持ち悪さが消え、額から浮かび上がっていた紋様もまた、風にさらわれたように掻き消えた。 「それでは、明日また改めて伺いますので」 「え?待っ」 「おやすみなさい」  パチンッと、軽やかな音が辺りに響く。応えるように木々が揺れて初めて、潤は今までそんな音が聞こえていなかったことに気が付いた。  どんな仕組みでそうなっていたのかは分からない。ただ、それを意識したのを最後に、潤の昨夜の記憶はすっぱりと途絶えていた……。
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