710人が本棚に入れています
本棚に追加
夫の兼二さんにその事を伝えると、彼は力なく微笑んだ。
兼二さん自身も幼少の頃から、薄々感じていた事だと告白したのだ。
彼は幼き日に長兄の死の悲惨な現場にも直面している。
長男が死ぬ事と関係があるのかは定かではないが兼二さんも家の中でずっと何かの存在を感知していた。
だがこの家ではもともと、それらのことに対しては決して触れてはいけないという空気が醸成されていたという。
特に家長の十蔵氏は頑なだった。
家族のみならず、分家筋や屋敷を出入りする者すべてがその事について語ることを一切許さなかった。
兄の死の直後、兼二さんは十蔵氏にその事の真相を聞き出すために詰め寄った事があると言う。
だが父は無言で兼二さんを張り倒した。
その時の十蔵氏の鬼気迫る顔は幼かった兼二さんにとって忘れたくても生涯忘れられないものとなった。
すでに鬼籍に入っている祖母を含めて誰もこれらの事について口にする者はいなくなったという。
ただ、その後静恵さんが嫁いできて、二人の間に男の子が生まれてから状況が変わった。
その子が成長するにつれ、丑蔓家に纏わる因縁がいずれ降り掛かってくるのではないかという畏れが二人の間に芽生えたからだ。
その子にとって祖父である十蔵氏は数年前に脳卒中で倒れた。
時折意識を取り戻す事もあるようだが、現在ではほぼ寝たきりの状態になっている。
そういった家中の事情の変化も手伝って今回私の取材を受ける気にもなったという。
私は話を聞くうちに、静恵さんが現在もこの家を取り巻いている不可解な状況から抜け出したいと考えているのだと思った。
それはそうだろう。
我が子の命が得体の知れないものに脅かされて平気なはずはない。
そこで私は彼女に一つ、提案する事を思い付いた。
最初のコメントを投稿しよう!