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特定される事を避けるため具体的な地名は記せないが、その家は北日本の奥まった山間の小さな村にあった。
家名は丑蔓家としておく。
私は取材のために八月頃にこの地を訪れた。
よく晴れたその日、ローカル線に揺られて最寄りの駅に降り立つと時刻は既に午後二時を回っていた。
ぎらついた日差しが降り注ぎ、アスファルトの道路の遥か向こうには蜃気楼がゆらゆらと立ち昇っている。
空は東京とは比べ物にならない程青が濃かった。
辺りは油蝉の声がジリジリと響いている。
私は駅前に一台だけ停車していたタクシーに乗り込んだ。
目的地を丑蔓の屋敷と告げると、初老の運転手は小さく頷いて発車する。
駅前には申しわけ程度に商店が建ち並んでいたが、閑散として人の姿はまばらだった。
商店街を抜けると絵に描いたような田園風景と、その向こうをぐるりと囲む山々が見渡せる。
民家はその広がりの中にぽつぽつと点在していた。
やがてタクシーは山道へと入った。
丑蔓家は山の中にある事は事前に調べてある。
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