雨の匂いと共に。

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 欲しい。衝動的に、感じた。この半生に女をいいな、とは思ったことがあるが、今は違った。本能が、女を欲しがっている。本能が、この出会いが運命だと告げている。 そんな欲に塗れた全身は、いつのまにか無意識に歩き出す方向を変えていた。足を大きく、早く動かす。女の後ろまで追いついた。  俺は、息を吐くかのように、大きな黒の傘を差し出していた。自分が濡れることを気にすることもなく、既に濡れている女を覆って守るように差し出した。  クリーニングに出したばかりのスーツも、気に入ってやまない靴も、全てが煩い雨によって台無しにされていく。まるで元々雨と己が強い運命で結ばれているように、二つは汚く同化していく。雨水が体中に染み込んでくる。  地面を強く打ち付ける雨は、頭に響いて店からの騒音をかき消す。店からは、目を瞑りたい程眩しい光が漏れ出る。  女の声だけは、雨なんかよりもしっかりと耳に入ってきた。いや、女の漏らす音が耳に吸い込まれていったのだ。 「…ありがとう」    眉1つ上げず、無表情のまま静かに零した。  
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