雨の匂いと共に。

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 あまり、嬉しさを感じさせない笑みを浮かべ、目を合わせあった。しかし今度は、女自身と目が合った気がした。瞳の奥に、写る己。それに触発され、俺はもう一度女の顔をぐっと近づけさせた。額をくっつけると、長い睫毛が目にかかりそうだった。  細腕で強めに引き寄せると、女は体勢を崩し、俺に抱きつく形になった。雨で濡れ、体温が戻らない冷ややかな二人の肌が密着する。その温度がもどかしくて擦り合わせるが、いくら肌を重ねても体温が上がることはない。  そんなことをしても、女は動じない。己の欲情と反比例しているように、顔色を変えない。ぐっ、と軽蔑に似た視線を送られる。だけどその奥に、欲情に似た色が写っていた。さらに、興奮を覚えさせる。 「お前が、悪いからな」  女の閉じた口に、舌を無理矢理ねじ込む。最初は拒んでいた女だが、次第に俺の舌を絡めさせる。予想外に女が、白いシャツのボタンを一つ一つ器用にとっていく。冷たくて細い指が、ボタンに官能的に絡み付く。第二ボタンを外す時、あまりの冷たさに心臓が止まりそうになる。  息遣いが、荒くなる。女の指に、俺の指をゆっくりと絡める。力を入れてやると、僅かだが女が握り返してくる。俺の熱い温度が、女へと移っていって生暖かくなった。ふ、と笑うと、女が不思議そうに俺を見つめる。  自身の唇を挑発するように舐めると、女がそれに乗るように俺の口の中にぬめりつく。俺は下あごの筋肉を大いに使い、激しく舌を動かす。温かい鼻息がかかると、少しもどかしかった。  そんな夜結局、飯も食わず、風呂も入らず、女と一つになった。この雫は、雨か、汗か、唾液か。汚く混ざりあって、1つの液になった。  途中から考えることをやめた俺だが、女が零した一粒の雫だけは見逃さなかった。快楽に溺れ、涙を流したのか、心が苦しかったからかは分からなかった。が、優しく拭き取るように舐めると、女は悲しく笑った。雫は、温かかった。  遠くから、雨の音が聞こえる。なぜだがとても悲しそうに、独りで音を奏でているように聞こえた。    雨は、俺たちに似ていた。
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