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 山の上の大学病院。  大都市圏からのアクセスは悪くなく、最新の設備を揃えた研究施設に、自然と国内名うての医療関係者が集ってくる。  病院内の小児病棟ではその日、満足に学校に通えず友達と遊ぶこともできない幼い長期入院患者達のために、お楽しみ会と称した催しが行われていた。  手作りの飾り付けがなされた談話室に集まった子供たちと、歌を歌い写真を撮りプレゼントを渡す。  その賑やかし、余興のひとつとして、子供、特に幼児に人気があるテレビのキャラクターを登場させた。  ペコロスという頭が玉葱の形のキャラクターとモッフ。  モッフ。  小児科でもつい先日起きた、モッフの姿をした侵入者による保育園暴行事件を知る者は多い。多いが、そこはそれ。外聞が悪いからと中止を促す声もあったが、気にするだけ損だと押し切った経緯がある。大体モッフとは着ぐるみキャラクターであり、今も子供らにまとわりつかれながら愛想を振り撒いているのは、アルバイトとして雇ったこの病院の医学部に通う大学生だ。  彼が暴行犯であるならば最早どうしようもないことだが、事件当日彼は普通に授業を受けている。  一旦控え室に下がるキャラクター達。  午後もよろしくと可憐な看護師に笑い掛けられ、若い学生二人は汗まみれでヘロヘロになりながらも元気な返事を返した。彼らは水分を摂り、やがて昼食に出かける。入れ替わりに美しい顔立ちの事務員が控え室に入っていった。  以前、同病院内にある心療内科を訪れた東城弓子(とうじょうゆみこ)。  確かに彼女は幼児番組のキャラクターに執心していることを吐露しており、それこそまさに件のモッフであった。わざわざモッフを見に来たのか。否そうではあるまい。  入院患者の昼食の時間となった。  廊下をもっさりとした異物が歩いている。  今日の慰問会を知っているスタッフは、ああまた出番なのかと思った。しかし実際、モッフの次の出番は午後二時。まだ二時間近く後だ。  モッフは荒い呼吸を繰り返し歩く。  息がしづらいと云うよりは、その中で能動的に深く息を吸い込んでいるようだ。  モッフは小児病棟を抜け、一般病棟を素通りする。 「な、なんだお前は?」  病室の前に立っていた警護の人間を昏倒させ、モッフは中に侵入する。  個室には昏睡している若い男が一人。数年前、一家惨殺後住宅火災を起こした犯人と目されているが、事件以来昏睡したまま事情聴取も出来ずに今に至っている。  泥太宮太持(どろたぐうたもつ)。  その命を奪おうと今、キルスイッチ、シルバーマウンテンが襲来したのだ。  キルスイッチには幾つかのパターンがある。  まるで自失し、破壊のみを繰り返す者。  多少の判断を残しながら身を委ねる者。  力を行使しつつ一切飲み込まれない者。  その違いがなんであるのかはわかっていない。  兎も角、キルスイッチは偏向した性癖を持った人間が居て成立する。施術後の彼らを性愛対象と接触させると、個人差はあるが興奮状態が倍加、麻薬物質が通常以上に分泌され、超人的な筋力と先鋭化された五感を得ることが出来る。  シルバーマウンテンの場合、必ずしもモッフでなくてはならないわけではない。  弓子は体臭の魔物に魂を奪われている。他人の体臭に異常なまでの執着と興奮を覚える。モッフの衣装それ自体に染み込んだ他人の汗などの分泌物の臭気こそが、彼女を狂わせる魔物だ。  モッフの毛だらけの衣装は見るからに暑そうだ。  暑そう、汗を掻く、臭いが染み付く、嗅ぎたい。その単純な連想こそが、シルバーマウンテンがこの姿である理由に他ならない。 「何やってるんですか!」  看護師が叫ぶ。  子供たちの人気者が昏睡状態の患者の病室に居る理由はない。  シルバーマウンテンは何かを喚いて若い看護師に襲いかかった。奇怪な姿と相俟って物凄い恐怖を与える。  シルバーマウンテンは体当たりして看護師を弾き飛ばすと戸を閉め、戸板を歪めて開かないようにした。女性の力で易々と出来ることでははないが、これが元来人の筋力が持つポテンシャルでもある。普段はそこまでの力を使わないよう、脳が制御している。制御しなければ肉体はすぐ破損してしまうからだ。  その箍を外した存在がキルスイッチ。
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