48人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
1
興奮が鎮まらない。
性的興奮に目眩がする。
本来性的興奮とは、配偶行動を促すものとして動物に備えられた生理現象である。例えば人が、異性の部位、胸や腕、足や筋肉にそれを覚えるのはごく普通の反応であり、それはそのまま、その部位の主との生殖行動に繋がるものだろうからだ。
「目玉を舐めたい」
ひたすら美女の綺麗な眼球を愛でたい。
それが手に入るなら本体は要らない、生きていても死んでいてもいい。
目玉にしか欲情しない。興奮しない。
性的不能ではない、性嗜好異常。
それでいいんだと云われた。
それが本当の自分だと、許し、解放するところから始めるのだと。
自分を殺し、世間や社会に迎合しても苦しいだけだと。
「いいのかこのままで?」
「それが自分ならば」
他人に、それも専門家とおぼしき人物に許された。
世間的には成功した部類に入るだろう。年収は一千万を超え、都心の高層マンションに住み、車もスーツもイタリア製。週に一回歯のホワイトニングに通い、週に四回会員制ジムで汗を流す。
学生時代ずっとバスケをやっていたお陰か背も高く、見映えだって悪くない。
モテた。
そして、モテる。
ただ、
どれほどいい女とデートしようと、上手くいこうと、目玉ばかりを見てしまう。顔が整っていようと、化粧が上手かろうと、性格が優しかろうと、服の趣味が良かろうと、肌が綺麗だろうと、気配りが出来ようと、目玉ばかりを。
目玉が、目玉が目玉が、
「眼球が」好きだ。
理想のそれが手に入るならば、今持っているその全てを捨ててもいいとすら思う。キャリアも地位も人間関係も、家も車も、貯金も、全て。
そう思うのはそんなものが手に入ることなど有り得ないと、何処かで諦めていることの裏返しでもある。それはそうだ、高収入であろうと社会的ステータスが高かろうとルックスがモデル並みであろうと、女性の眼球だけを愛でていいわけがない。
理性は強い、自制心もある。常識も社会通念もきちんとしている。
だから。
「嗚呼、美しい」
目の前に美しい眼球がこぼれ落ち、嗚呼、
堪らない。
衝動を解放することの、何と素晴らしいことか。
身震いするほどの快感。
今までどの女よりも、それは身の内の全てを燃やし尽くすような愛しさだ。垂れた眼球を両手で受ける、それだけで気が遠くなる。荒れた呼吸を整えることが出来ない。それでいい、それでいいのだ、
「あ、嗚呼、あ、あ、あっ、あっあっあッあッあッ」
果てるな。衆人環視の状況で、そんな真似は、
「ダメだ、駄目、だ、あ、」あッ!
輪郭が溶ける。
比喩ではない、身体が表面から崩れだした。
「な、なんだっ! どういうことだ!」
髪が抜け落ち、皮膚が崩れ、目が歯が舌が地面に落下する。
狼狽えてももう遅い、血が蒸発し骨が露出する。
境界が滲む。
曖昧になり融解する。融合する。
また失敗だったと声がする。
男の声か女の声かそれすらわからない。
そもそも声が聞こえていたのかどうか、振動でそう感じ取っただけか。
振動?
また声だ。
どうなったのこれと何者かが云っている。
地面と同化したんだと応える。
同化?
誰が? 俺が?
どうしてだ? どういうことだ!
「何こいつ、一生このまま?」
「いや、生命維持が出来ない、じき死ぬ。もう死んでるかもな」
どういうことだ!
助けてくれ! 誰か助けてくれ!
畜生、騙しやがって! 畜生! 助けろ! たす、
だ、れか、
最初のコメントを投稿しよう!