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 稲光が弾け、雷鳴が轟いた。  袋小路の出入り口に、痩せ細った生気のない男が立っている。その傍らには大きい黒革の鞄。  超絶技巧人形遣い枕木柾雪と、端麗なる美人形シロノだ。  弓子がキルスイッチ化するトリガーが“他人の体臭”であるように、枕木にはシロノの人形が必須。それがあれば彼は、何処だろうと内在する魔物を引き出すことが出来る。  ストラッピングヤングラッド。  王子シロノは劇中、強力無比な大剣を振るい鬼の国の戦士を斬り伏せる剣士でもある。その剣に今映っているのは、間抜けな着ぐるみ。  奇しくも同じ子供番組。  子供の頃に見たものがその後の人格形成に影響を及ぼすのはよくあることだが、今の二者をいたいけな児童が覗き見てしまったとしたら、矢張りそれは精神的瑕疵となること受け合いだ。  向かい合った二者はこれから殺し合いに臨む。 「そんな姿でまともに戦えるのか」  黒い声でストラッピングヤングラッドが問うた。  恐怖か痛みか、弓子の興奮は沈静化していた。今はひたすら思い切り外気を吸い込みたかった。意識が朦朧としている。 「見逃して、ください」 「無理だ、その男を殺すよう指示を受けている。その男は何れ我らの敵となるかもしれない。その男を寄越せ、命を賭してまで守る義理があるのか?」  シルバーマウンテンは簡単に追い詰められた。  人形遣いに敵わないことなど最初からわかっていた。 「どいていろ」  シロノの剣が閃き、その鋭い切っ先が太持の左胸を指し貫いた。鮮血が迸る。追い打ちをかけようとするストラッピングヤングラッドに、堪らずシルバーマウンテンが割って入った。 「そんな姿でよくやる」  最早肩で息をしているシルバーマウンテンに憐憫の眼差しを向けるストラッピングヤングラッドだが、見逃すつもりはなかった。特段シンリジィを含めた連中に忠誠を誓っているわけでもなく、弱味を握られているわけでも、報酬を約束されているわけでもない。ただ漠然と、あの黒いゴム男の口車に乗ることが心地好くはあった。 「とどめだ」  瞬間、  真っ白に弾けた、  頭蓋に爆音が轟く、  これは、  落雷、  そこにいたすべての人間の目も耳も奪われる。 「ああ!」  シロノ人形が損壊していた。  目眩を起こしたようになって、人形がすべて、人形が至上であるストラッピングヤングラッドは一目散に退散した。  サイレンの音にシルバーマウンテンも無理矢理立ち上がった。  まだ目も耳も満足に機能していない。着ぐるみを脱ぎ去って身軽になればいいのだろうが、頭も手足も一体型の仕様であり、背中のファスナーすら一人ではどうにもできない。  呼吸困難と暑さで意識が朦朧となりながらも、弓子は連れて逃げなくてはと太持を探した。  だが、 「う、あ、」  雷は太持に落ちていた。  胸に刺さった人形の剣が真っ黒に焼け焦げている。  シルバーマウンテンはふらふらと立ち去った。  その後到着した救急車両は当然太持の死体を回収していった。  だが、病院に搬送する途中で死体が消えたことはあまり知られていない。
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