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 沓形の許を訪れた時とはまるで違う溌剌とした表情で、現在万葉は準備をしている。自信に溢れた表情、おずおずとしていた立ち居振舞いも、今では随分堂々としたものに変化していた。  場所は駅前広場、イベント開催の指定の時間近くともなると千人以上の人間が集まった。  辺鄙な山の中にある小規模都市にしては素晴らしい動員力だろう。  大半が二十代三十代の男性である。しかし万葉が登場する前にパトカーが到着した。当然だ、道路使用の許可など取っておらず、急に現れた集団に困惑している市民もいる。警察車両から降り立った若い警官は、辺りの有象無象に向かって一体なんの集まりだと問い質した。 「マヨネーズ?」  警官は知らないようだ。 「兎に角一ヶ所に集まらないで、他の人の迷惑でしょ」  万葉作詞作曲の妙竹林な歌が流れだした。  歓声いや、喚声か。  人垣を割って、万葉が登場した。 「君か? 君が集めたの? ま、マヨネーズさん?」  群衆を目にした万葉に、警官の問い掛けなど耳に入っていない。  頬が紅潮し、瞳は潤み、指先が震えていた。万葉は感に堪えない表情で溜め息を落とした。 「マヨネーズさん、話を聞かせてもらえる?」 「すごくいい」 「は?」 「すごく、いい、」  群衆は万葉の言葉に従うのが快感だ。 「みんなぁ」  野太い声が谺する。 「やーっちゃえええっ」  群衆は目的もないまま暴れはじめた。  ※ 「まあ、悪くないんじゃない」  女が革張りの椅子に深く腰を沈め、生中継されているまよねーずちゃんねるを見つめていた。 「大事なのは彼女自身じゃない、彼女を目的に集まった屑どもだ」 「それはそうね。群衆が居ないとキルスイッチになれないんでしょ、マヨちゃん」 「そうじゃない、俺の催眠が拡散出来た証明なんだ、これは」 「やだ、それなら宗教家にでもなる? ネット教。祈りも修行も画面越し」 「からかうな、あんたの計画には賛同してるんだ」 「私の計画じゃないけど。肝心なのは、極まる事、極まらせる事。特殊な性癖を起爆剤に脳内麻薬を大量分泌させる。オピオイド系麻薬の六倍以上とも云われるそれを分泌し続けた人はどうなるのかしら」  明け透けに披歴するようなものではない事柄が、彼らキルスイッチの原動力となっている。 「残念ながら、キルスイッチ化できた時点で個人の性嗜好の頂点に到っている。その程度じゃ足りない、届きやしない。だから、その為の破壊。破壊をさせることで更なる高みに到れると脳に錯覚させた。錯覚させ、興奮を高め、昂らせる。延々と際限なく。人格が溶けるまで。そうしなければあんたの云う、極まらない」 「人を人とも思わない、悪党ね」 「人を超えた存在を作る、そもそもそういう計画だろうが」 「そう、ね。頼りにしてるわ、沓形先生」  沓形響。  市内大学病院心療内科に勤める医師。  ラバーフェティシズム、ゴム素材をに触れること包まれることを偏愛する。  キルスイッチ、シンリジィ。  そして彼が作り出した破壊者達。  森川穣。  保育士。長身痩躯色白の細面、平たく云えば超絶イケメン。  顔面の秀麗さのみでテレビ番組の取材が来たほどの逸材だが、女子の装いに著しく傾倒している。  キルスイッチ、プリティメイズ。  枕木柾雪。  竜の国の王子にして最強の剣士シロノ。それは白い衣装に身を包んだ見目麗しき操り人形。その人形を溺愛している。人のように扱うのではない、人形こそを、人形ゆえに、愛する。  キルスイッチ、ストラッピングヤングラッド。  消防士与野。  火に魅了された消防士。能力もあり人格も優良。彼によって命を救われた人間は数知れず、しかし総身粟立つほどの炎への畏怖は愛だと知るに至る。  キルスイッチ、ラムシュタイン。  四ツ葉吉晴。  元市の職員。早期退職によって得た金を蒸気機関車に注ぎ込む。福々しい下膨れの顔と赤い頬、丸い眼鏡、一見愛嬌のある顔をしているがその性格は一途にして強い。  キルスイッチ、モーターヘッド。  東城弓子。  元保母。子供番組を見、汗臭そうな着ぐるみキャラクターとの一体化を夢想すする。臭いこそ肝要。  キルスイッチ、シルバーマウンテン。  そして新たに加わった、  秋坂万葉。  私立高校に通う高校生。声が小さくいつも下を向いている、クラスでは地味で目立たない存在が、今やネットアイドルとして押しも押されもせぬ存在に。  キルスイッチ、バッドムーンライジング。  女の形のいい唇を見つめながら、沓形は思い出す。  キルスイッチ。  脳内麻薬多量分泌に因る超人化を発想するに至ったそのきっかけを。
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