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 街の中心が著しく破壊されている。  蒸気機関車を伴ったキルスイッチ、モーターヘッドが暴れた結果だ。  アスファルト舗装の幹線道路を無理矢理走り抜け、その中途にあるものは悉く踏み潰していく。建物であろうと車両であろうと、人であろうと。  逸早く現場に駆け付けた新聞記者真島涼花は、中央から派遣されて三年近くなるこの街の惨状を目の当たりにして、ただただ愕然とした。  まるで愛着はわかず、早く本社に呼び戻される日を心待ちにしていたが、そんな涼花でも、何度も通った道やよく利用した店が粉微塵にされた様を見て心が痛まずにはいられなかった。  記者としての矜持は手にしたデジタルカメラでこの現状を発信すること。呆けている暇などなく、況してや涙を流してなどいられない。  涼花は彼女にしては珍しく口汚い悪態を吐きながら、カメラのシャッターを切り続けた。高いビルを隔てた通りに、破壊欲求の具現者がいる。その姿を写さなくてはなるまい。危険は承知だ。サイレンの音、警察があの機械の化け物に敵うものか、被害が増すだけだ。 「ダメ」  譫言のように涼花は漏らした。  絶え間ない破壊の音。  逃げ惑う群衆の流れに逆らいながら、涼花は音の方に向かった。  現状を押さえ、衆人に報せる。それが自分の役割。愚直な思い。  週に三度は通ったパン屋の入ったテナントビル、その角を曲がればモーターヘッドの姿を被写体に収めることができる。涼花は意を決し、カメラを構えた姿勢で駆けた。父に憧れて入った世界、母には未だに心配をされている。危ないことはないのかと電話をする度に問われる。 「大丈夫だよ、お母さん」  これ以上みんなが危険に曝されないよう、「報せないと」  涼花は角を曲がった。  モーターヘッドはいなかった。  巨大な機関車もその姿は見えない。瓦礫と煙、隆起したアスファルト、破裂した水道管、断裂した電線、  巻き込まれた人々。  涼花は辺りを見回した。  サイレンと吹き出す水の音ばかりが聞こえ、矢張り大型キルスイッチの姿はない。あんな大きなものが姿を消すなんて有り得ない。  ビルは沈黙している。 「有り得ない!」  そう、  爆音とともに砂礫が飛び散った。  顎が砕けそうなほどの轟音を立て、真っ黒い大蛇が煙突から噴煙を上げ飛び出してきた。涼花は驚きのあまり腰を抜かした。 「嗚呼!」  覚悟する。そんな間もなく覚悟する。  私は死ぬ。  あの黒い機械の化け物に轢殺される。「嫌だ、」怖い、死にたくない、 「助けて、」お母さん、お父さん!  助けて、 「助けて!」  ブラックタイドが鉄塊の突進を押し止めた。  涼花は最早半泣きの体で、言葉にならない声を上げている。ブラックタイドが早く逃げろと促した。気に食わないのだろう、機関車の操縦席から顔を覗かせたモーターヘッドが奇声を上げそして警笛を鳴らした。 「正義の味方のつもりかアアア!」 「悪の自覚があるのか」 「黙れ、黙れ黙れ!」  ブラックタイドは周りの様子を見渡し、溜め息を落とした。 「何故ここまでする」  モーターヘッドはその問いの意味がわからないらしく、焦点のぼやけた目のまま首を傾げた。口だけが笑っている。 「何故」 「壊す?」 「そうだ」  持て余している。 「なにを」 「昂りが」  ブラックタイドは鉄の塊を駆け上がり、右手の剣を突出させると、そのままモーターヘッドの首を切った。動きを止めるには致命傷を負わせるしかないと判断した。  涼花を立たせ、ブラックタイドは努めて静かな口調で問い掛けた。 「記事にするのか?」 「ゆ、許されるのなら」 「キルスイッチとは一体」 「わかれば苦労はしない」 「あなたはヒーローなんですか」 「好きに呼んだらいい。僕には力がある、その力を有効に使っているだけだ」  力。その装甲。  ブラックタイドは変身を解いた。 「あ」  涼花は暫時固まり、カメラを構えた。しかしシャッターは切らず、質問を続けた。 「あなたは確か、免疫学の武郷ロキ教授」 「よくご存知で」 「詳しくお話をお聞かせ願えませんか」 「あまり時間はない」 「高い志があっての行動と思います」  サイレンが聞こえる。ブラックタイドこと、ロキは立ち去ろうとする。 「あ、あることないこと書きますよっ!」 「それが仕事じゃないのか」 「違いますっ!」 「そうか」 「き、キルスイッチとはなんなのでしょう」 「理不尽に破壊と殺人を繰り返す存在」  ロキは機関車の破片を踏み潰した。  四ツ葉吉晴だったモノが救急車で運ばれていく。  離れた場所から、何とも云えない表情でその様子を眺めるロキ。変身は完全に解かれていた。 「死んでしまってもいい人間というのは、この世にいると思う」 「聞く人が聞くと大騒ぎしそうな発言ですね」 「記事にしたいならすればいい」  涼花は風の匂いでも嗅ぐような仕草を見せて、 「あなたは恐らく、とても貴重な人なんだと思います。足を引っ張るような真似はしたくない」 「僕の何を知ってる」 「キルスイッチとは破壊者、世の中を容赦なく壊す存在です。あなたはそのキルスイッチの行為を阻止する者。あの機関車を操る男は既に何人もの人を殺している」  市民を守ったその先に、貴方の見ている世界を教えてほしい。  涼花はロキの顔を正面に立って見返した。ロキは目を逸らした。 「命の危険を顧みず戦い続けたその先を、私は知りたい」 「それは僕も知りたい」  爆発が起こった。救急車の去った方向だ。
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