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22
「逮捕? ま、待ってくれ、僕はこの力で警察に」
「貴方のしてきたことは知っている、しかしそれはまた別の話」
警官の一人はそう云った。
キルスイッチの破壊行動が日増しに激化している現状をなんとか打破しようとロキは奮闘していた。それも限界を感じ、こうして公表することを決意したに違いないのだ。
青ざめた涼花は首を左右に打ち振った。
記者団の向こう、壁際に沓形が立っていた。
沓形もロキと同じ大学病院に勤めている。同僚の記者会見の場に顔を出したとしてもなんら不思議はない。
沓形は苦い顔でロキを見つめていた。その後ろに穣。化粧こそしていないが、その整った造作には見覚えがあった。
「沓形っ!」
沓形は無声音に云う。
やりすぎた。
「どういうことだ!」
ロキは警官に両脇を押さえられた。
「ざ、罪状はっ? 確かに俺のしてきたことは暴力行為だ、しかしそれはッ」
警官の一番年配の一人が厳かに云った。
「泥太宮太持、知っているな」
「そっちか!」
時間は遡る。
その時、ロキには自信があった。一刻も早く発見した技術を人に施し確実なものとしたかった。
そして、折よく、いや悪しくか、住宅火災で全身に火傷を負った青年が大学病院に運び込まれてきた。皮膚移植をしなくては助からない、当然免疫の研究をしているロキにも相談が持ちかけられた。
それが泥太宮太持だった。
父母、そして妹を惨殺後家に火を放った、可能性がある。全身に包帯を巻かれ唸り声をあげている。当然の報いだとロキは思った。
屑なら少しは世の中の役に立て。
魔が差したと云うならそうなのだ、それは間違いなく人体実験だ。その背徳感を薄れさせたのは矢張り、目の前の包帯男が殺人者であると云う事実に他ならない。ロキは在来元素を肉体上で結晶させる技術を、太持の身に施した。
それから数日後、太持の体内のマンガンの値が跳ね上がった。それはもう異常な値であったが、それ以外に特段変化は見られなかった。
言葉は悪いがそれを踏み台にして、今がある。
ロキが逮捕収監され、ほどなく、或る新聞社が一大キャンペーンを張った。
武郷ロキはブラックタイドである。
ブラックタイドは正義の人だ。
正義を殺すな。
裁かれるべきはキルスイッチであり、未だに有効な対処法を見出だせていない行政にこそ問題がある。
涼花が上司を説き伏せ、百年以上の歴史を持つ大新聞社を動かした。キャンペーンには一般市民も賛同、やがてロキの保釈金を払ってもいいと云う人物まで現れた。
「これが今の市民の声だ!」
警察署から自由の身となったロキは、一躍時の人となった。
市民は、武郷ロキそれ以上に、チタン装甲を身に纏ったヒーロー、ブラックタイドに明確な期待を抱くようになった。
キルスイッチを倒してくれ。
大学病院の屋上から街の様子を見つめるロキの横に立ち、涼花はこれで良かったのかと尋ねた。
「出過ぎた真似をしてしまった」
ロキは首を振る。
「僕が守らなくては」誰が守る、その思いは強い。
沓形はロキが逮捕された日以来、大学に姿を現していないそうだ。
どうやら沓形響が一連のキルスイッチ事件の鍵を握っている。
「この大学の職員ではない人物が、頻繁に出入りしていたと云ったね」
「ええ、沓形の研究室付近で数回目撃されてる女。何者かは未だにわかってないの、ごめん」
随分と砕けた口調になって、涼花はロキの二の腕に触れた。
ロキは、今は穏やかに見える街を眺めて小さく呟いた。
涼花は頬に掛かった髪を耳に引っ掛けると、なにと尋ねた。
「これから先も、僕の夢に力を貸してほしい」
涼花は幾分上気した顔で頷いた。
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