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 沓形は考えている。  意のままに動かせる駒が必要だ。 「人形遣い枕木、くらい?」  女は沓形の窶れた目元を穴の空くほど見つめ、やがて鼻で笑った。 「もうあなたが出向くしかないんじゃない、ゴム男さん。まああんたじゃ、大したこともできずにぼろぼろにされるだろうけど」  沓形は女から目を逸らし、秋坂がいると呟いた。  秋坂万葉、群衆に対して自分の中の魔物を見出だす。  バッドムーンライジング。彼女の魔物を呼び覚ます糧は、彼女自身が毎日更新している動画に誘引されて集まってくる。  光に集まる蛾のごとく。  どんなものであろうと、何を使おうと、志や思いや願いや祈りを乗せて、  キルスイッチ。  何処から来て何処へ逝く。  女は沓形のパソコンをいじっていた。沓形が生み出していったキルスイッチ達が順繰りに表示されていく。最後まで行くと、秋坂万葉の顔写真と彼女が派手に拡散している催眠動画が表示された。  殺し殺され、 「ねえ、なんでイケメン女装家は従わせることが出来ないの?」 「前にも云わなかったか?」 「云ってないでしょ。云ってたんだとしても、何度でも説明しなよ、あんたの無能振りを」  沓形は女を睨んだ。  彼の許に女が現れたのはいつだったか。  どのようなことにも壊れない強靭な精神を、人は持ち得るのか。  そんな問い掛けが沓形の記憶として残っていた。沓形は女のその問いに何と答えたのだったか。  出来ると返答したように思う。  しかしそれには、時間と資金が必要だとも。  女は淡々とした態度で、それはこちらで用意すると云ってのけた。面白い、そう沓形は思った。  女はどんなことにも壊れない精神と云っているが、沓形の考えでは先ずは壊すことから始まる。壊して壊して壊しきったその先に、何事にも動じない、どんなことも響かない、鉄の心が作られる筈だと想定していた。 「催眠を掛け、心の魔物を解き放つ。俺のやっていることはそうした作業だが、催眠てのは被術側にも適性がある。要は術に掛かり易いか難いか」  イケメン女装家プリティメイズは掛かり難いタイプだと、沓形は云っている。 「自尊心と猜疑心が強い、自己肯定と保身を先ず考える人間には掛かりが浅い」 「人形遣いのおじさんは? あの人も猜疑心の固まりのようなところあるけど」 「枕木柾雪、そして四ツ葉吉晴は、対象、この場合人形と機関車だが、それらとの一体化願望が非常に強い。一体化する為なら催眠術をも利用してやろうとしているところがあった。肯定的に受け入れたんだ、俺の術を」  女はわかったようなわからないような珍妙な顔をして、いい加減な返事をするに留まった。 「まあ、この先も頑張って。キルスイッチの精練と、邪魔者の排除」  邪魔者は、  ※  待ち合わせは駅前で。  朝から生憎の雨模様。 「折角なのに、残念です」  涼花は赤い傘から顔を覗かせはにかむように笑った。普段あまり付けることの無い大きめのイヤリングも何だか気恥ずかしくて、まともにロキの涼しげな目を見返すことができない。  ロキは頷くと、小さく笑って近くのコーヒーショップを指差した。 「喉乾いて」  ロキはコーヒーを、涼花はミックスジュースを頼んだ。昨晩中々寝付けず、甘いものが欲しかったからだ。初恋の中高生でもあるまいに、明日なに着よう何話そうと考えていると目が冴えてしまってまるで眠れなかった。  ロキのことを考えると心が浮き立つ。  涼花はジュースを半分ほど飲んで、やっとロキの顔をまともに見た。 「何処行こうか」 「ど、何処でもいいです」 「映画、なんかやってるかな」  雨降ってるしな。ロキは外を見る。雨足は変わらない、今日は一日こんな天気のようだ。 「雨は鬱陶しいね」 「そう、ですね。晴れてれば」  無目的に街を歩き、気になった店でもあれば入ってみる。 「映画は、いい、かな」  もっと話がしたいから。そんな気恥ずかしいことは云えない。  ロキは残り少なくなったコーヒーに砂糖とミルクをいい加減に入れて、一息に飲み干した。 「うん、甘い」  涼花は笑う。どうやらロキにもプランはないようで、短く唸って以降黙ってしまった。  沈黙が嫌で、涼花はつい訊いてしまう。 「キルスイッチって何なのでしょう」  今日はそういう日ではない。今日は純粋に二人で逢うことを楽しむ日だ。しかし基本的に生真面目なロキは、涼花の場繋ぎの質問すら真摯に答えようとする。 「うん。人なんだ、人ではあるんだが、あの力」 「私には化け物、怪物に思えます」 「力や言動が人から外れているのだとしても、そんな簡単に人の埒外に追いやっていいものかと、僕は思う」  涼花はストローの包み紙に目を落とし、 「あれが人なら、武郷さんは犯罪者になってしまう。どれほど悪いことをした奴だろうと、警察権を持たない人間が懲らしめてはいけない。それは私刑、法律上犯罪になります」  どんな会話をしようか散々悩んでいたが、こんなつまらない話で時間を過ごすことだけは避けたかった。 「人であろうとなかろうと」  ロキは拳を握った。 「キルスイッチはこの世に存在してはならない」  破壊を繰り返す以上、脅威でしかない。今のロキにはそれで十分だ。  キルスイッチを理解することは恐らく、その脅威を解きほぐす足掛かりになるのだろうが、今はそれに専念できるほどの余裕はない。だからロキは涼花に協力を要請した。  ブラックタイドとしての活動に理解を求め、協賛者を募り、集まった資金や技術を元手に装備を強化する。  涼花のスマホが鳴った。 「大丈夫?」 「はい、災害情報です。この雨で災害が出てるところがあるようです」 「取材に行かなくていいの?」 「災害の取材は私の担当じゃないので。ただ人手が足りなければ正式な応援要請はあるかも」 「大変な仕事だね」 「武郷さんほどではないですよ」  災害。  キルスイッチは意思を持った災害のようなものだろうか。そのようなものに戦いを挑むのは無謀なのか。 「真島さん」 「はい」 「今日は楽しもう」 「どうしたんですか、私は楽しんでますよ?」  それは少し嘘だ。  涼花は暫く、ロキの手元を見つめていたが、やがて意を決したように顔をあげそして、 「私は貴方が好き」  そう云った。
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